みんな嘘だ

IMG_0905 (Custom)



犬を愛し、豚を食べ、牛を着る

いつも疑問に思うことがある。

たいていの人は動物が好きだ。
なかには好きじゃない人もいるにはいるが、
大多数の人間は私たちの生活を豊かにしてくれる犬、猫、野生動物を愛する。

ペットを飼っている人はたくさんいる。家族や仲間と呼ぶ。
えさを買い、獣医に金を払い、ベッドの上で寝かせ、死んだときには泣きあかす。
ペットとの関係は人生に深みを与えてくれるという。
なぜそんなに心を動かされるのか?どうして琴線に触れるのか?
ペットは私たちの心の中に入り、絆という尊い感覚を与えてくれるからだろうか?

他の種との絆をそんなふうに意味のあることに感じるのは
人間としての喜びであり美しさである。

しかし私の魂の中に固まりとして存在する疑問がある。

ペットという動物には深い愛情を抱き、人間との関係にそれだけの価値を見出すのに、
くるりと後ろを振り返り、別の動物たちをディナーと呼ぶ。、
100グラムの価格を抑えるためであればどんな酷な殺し方をしても気にしないという
感情の差はどこからくるのであろう。

合衆国には動物への残酷な取り扱いを禁止する法律があるが、
どの州も人間の消費に用いるための動物への適用はない。
50州すべて例外はなく、肉用、ミルク用、卵用に関しては
もしこれが犬や猫に対してやったら
間違いなく刑務所いきであろう行為に関して何の規制もない。

システム化された肉産業、畜産農場のもと、
動物たちへの拷問を阻止する法的手段が存在していないのである。
業界のスタンダード・オペレーション・マニュアルにも残酷な扱いを阻止する項目はない。

それは彼らの意図するゴールではないからである。
コストをいかに安くあげるかが彼らの目標だ。
コスト削減を達成できるのならアウシュビッツ収容所状態でも全く厭わないのである。

畜産業の動物たちが日常的にどれほどひどい扱いを受けているかを
説明するのは非常に困難である。一般の人は想像すらできない。

なんとならば故意に全力で隠されているからだ。
私たちが動物好きだと業界は知っているので、ありとあらゆる手段を使って、
そこで実際に行われていることを白日の下に晒さないようひたすら隠し通す。

何百万匹もの鶏を狭い窓のないケージの中で、
生涯一度も羽を伸ばすことのできない状態で閉じ込めている。
拷問の中で生きていくしかない彼らが
喧嘩をして互いに殺しあわないためにくちばしを切る。

牛たちも鶏と同じように身動き一つできない、
草をはむこともできないすし詰め状態で閉じ込めれている。

しかし屠殺される動物たちの実態を業界は私たちに知って欲しくない。
なので消費者には「おいしいチーズは幸せな牛から」と
緑の草原で草をはむ幸せそうな牛のイメージ広告を載せる。

幸せそうな牛、鶏の広告、みんな嘘だ。不誠実極まりない。

しかし不法ではない。肉、ミルク、卵を売るためにはどんな嘘をついても良いのだ。
なぜなら私たちが動物の種類によって存在の意味づけをしたからである。
愛する動物たちと、拷問をかけ肉にする動物たちと。

私たちはすべての動物がそれぞれ素晴らしい役割をはたしていることを忘れ、
可愛い動物は大切に、残りはどんな目に合わせてもよいと正当化しているのである。

すべての生き物は私たちと同じ神から呼吸を許されている地球の乗組員である。
神の動物たちはすべて聖歌隊でのそれぞれの役割がある。
ペットだけではなく、すべての動物とのつながりを修復する必要がある。
動物の権利だけで済まされる問題ではない。人間の責任問題である。

子供に毛虫を踏むなと教えることは毛虫にとってだけでなく、
子供にとっても価値のある教えなのである。

国の素晴らしさは動物たちをどう扱っているかによって判断されるとガンジーは言ったが
ガンジーはただペットだけのことを意味しているのではなく、
すべての動物に当てはめた言葉だと私は確信している。

Why We Love Dogs, Eat Pigs and Wear Cows
by John Robbins


もし屠殺場がガラス張りであれば

IMG_0661.jpg

この美しい私たちの地球において、
工場式畜産業でどんな事が行われているか
などと知りたいと思う人はいないだろう。

ふと頭に思い浮かんだとしても、
毎年アメリカで殺戮される10億の食用動物たちは
痛みも苦しみもなく、最小限の恐怖で死んでいるはずだと信じたい。

私たちと同じ感情を持つ健気な生物たちは
殺戮される前に何年も生きなければならない。
この間どんな生存環境なのかと思いを馳せる人は少ないであろう。

酷い事実を告げよう。

生き地獄なのである。

栄養失調、病気、不衛生環境、想像を絶する虐待。
そしてそれはほぼ合法なのだ。

私たちが食する肉のほとんどは、どんなにおしゃれなレストランでさえも
工場式畜産肉である。
業界は動物を生命のある、感じる、考える生き物として扱わず、
ただただ、アメリカの肉消費者の消費燃料に過ぎないと考えているのである。

ポール・マッカートニーの有名な13分のスピーチ「ガラスの壁」
(もし屠殺場がガラスの壁であれば、だれもがベジタリアンになっているであろう)
If slaughterhouses had GLASS WALLS everyone would be VEGETARIAN
をご存じであろうか。

「ベーコンを見ると、私には豚が見える。
小さな友達をどうして食べることができるかね。しごく簡単なことだよ」
とポールは言う。

「ガラスの壁」は挑発的でない。攻撃的ではない。
最悪のケースを見せて煽っていると考える人がいるかもしれないが、その反対である。
畜産工場が毎日、合法的にどのように動物を扱っているかを単に示しているだけである。
(Free from Harmより抜粋)


ポールの13分のスピーチはPETAのサイトで見ることができます。
(映像がきついかもしれませんのでご注意)」
内容は先日の拙ブログ気にするな、たかが動物じゃないかとほぼ同じ内容なので
重複していない部分をお伝えします。

繰り返し言いますが、もし屠殺場がガラス張りであれば、
みんなベジタリアンになっています。
畜産工場、農場で幽閉され、屠殺場へいく動物たちは
想像を絶するような苦しみを味わっています。
その日常の残酷さを目にしたら、何百万、何千万人の人が
皿の上の肉に永遠にさようなら言ってくれることでしょう。

犬猫を虐待する事とチキンや豚を虐待することに違いがあると考えているのなら、
あなたは間違っています。
どういうふうな切り口であろうと、苦しみは苦しみなのです。
肉食は健康に悪い。環境に悪い。そして動物虐待に直接手を下しているのです。
選ぶのはあなたです。慈愛をもって選択してください。

ポール・マッカートニー


私個人的にはガラス張りでなくとも、その事を考えない日は一日たりともありません。

気にするな、たかが動物じゃないか

IMG_0626.jpg


畜産業の残酷さは多種多様である。動物をレタスのように扱うだけでなく、
環境も肉を食べる人間も害を受ける。
貪欲で短絡的な土地利用政策のため経済も打撃を受ける。

自然に対して畜産業が犯す罪を以下6つ。

1. 貪欲が動機の倍々数

動物たちにとって理論的には不運な日はたった一日のみのはずである(屠殺の日)
しかし産業の効率のために生まれてから死ぬまで苦しみの日々は続く。

チキンは糞便にまみれた詰め収容所で生後二週目にくちばしを切断される。
意識があるのに、熱く熱したナイフで切断されるのは
痛烈な痛みとショックと出血そして恐怖を味わう。同じような運命が豚にも襲いかかる。
互いの尻尾を噛まないように痛み止めなしにペンチで尻尾を切断する。
これはテール・ドッキングという効率を優先する人間の考えた方法である。

牛も同様である。衛生面の理由とミルクの質をよくするために
尻尾と角の芽を痛み止めなしに切断する。鳥や羊も皮や爪などはがされる。
もし私たちのペットが獣医で痛み止めなしでこのような扱いを受けたら、
ライセンスを剥奪され牢獄に入るであろう。

2.  成長ホルモン使用の犯罪

早く成長させるため化学物質を注入する。
成長ホルモンを注射されている工場生産の肉用ターキーは歩くことができず、
飛ぶことも、卵を産むこともできない。

チキンもメタボリック・システムが破壊され、突然死が起こる。
豚も成長ホルモンによるダメージがあまりにもひどく、動けなくなり、
倒れても立ち上がることもできない。このホルモンは空気も汚染する。
牛への成長ホルモンも歩行を困難にし、短命にし、
屠殺場に連れてこられた時の脆弱性は極まりない。

3.海に対する犯罪
 
自然界のサーモンは成魚になるのに3年かかる。
しかし人工飼育サーモンは18ヶ月で大きくなる。
政府や業者は自然の魚と変わらないというが腐敗や感染、
グルコースやインシュリンのレベルの低下が見られる。
泳ぐ生き物を尻尾が重なるような狭い場所に18ヶ月押し込めることは
金のためなら許されることなのか。
チリやノルウェーのサーモン養殖場で多量のサーモンを殺した海しらみを
天然の海に垂れ流すことが倫理的に間違っていないのか。

4. クローン動物を作る罪

クローンで作った90%の子供は死ぬ。
生きのびても大きさが異常であり、内臓器が不十分であり、
呼吸問題や循環器、メタボリズムの変調をきたす。
子牛や子羊に発現する問題があまりにも多く、
ラージオフスプリング・シンドロームと呼ばれる。

オメガ3を含んだクローン豚を作ることに成功した
ハーバード医科大学が得意そうに言う。
「ダイエットを変えることなく必要なものを摂取できるのですよ。
動物ってすごいですね」と

5. 子牛たちへの子羊たちへの罪

オスの子牛は乳産業からみると不必要な産物である。
なので屠殺場にそのまま直行。
長旅でくたくたになった子牛たちは目的地についても
12から18時間は食べ物も与えられず放置される。
生後すぐ母牛から離され、脱水状態になっているのに。
「脱水と飢餓で死んだ子牛たちを運び出すことが
どれほど心臓が引き裂かれることか」と獣医は語る。
すぐ屠殺場に運ばれなかった子牛たちは
少し大きいサイズになるまでキープされるが、
後ろも振り返れないような狭いクレートに押し込められる。

バカな動物はどうせ自分たちに起こっていることなどわからないし、
上等な感情もないからいいと思っているかもしれないが、
子牛をとりあげられ、必死で追いかける母牛の様子が
隠しカメラに映されている。
母牛の鳴き声があまりにもひどいので、
近所の人は警察を呼ぶこともある。
子牛はへその緒がついたまま一匹40ドルで売られる。
子牛たちも愛を失ったことがわかるのだ。
母から離され、食べ物も与えられず、マーケットに来る。
私の皮のジャケットに鼻をつっこむとレポーターは語る。

6 ヒヨコたちへの罪

オスの子牛のように、オスのヒヨコも不要である。
毛をむしりとられたひどい様子の雌鶏の様子は時々報道されるが、
不要なオスのヒヨコの運命をだれも知らない。
実は生きたまま挽かれるのである。

「2億万羽のオスのヒヨコをくれと言われたら喜んで無料でやるよ。
欲しがるマーケットなどどこにもないからさ。
残酷?気にするなよ。たかが動物じゃないか」
と従事者は語る。

6 Crimes Against Natureより抜粋


武本省三先生のホーム・ページから上記に関する内容の記事がありますので
ご紹介いたします。

 人類史上、今日ほど大量の生き物が犠牲にされている時代はない。
工場のような工程でにわとりが飼育され、やがて死体となって食肉業者のもとへ送られていく。
鶏、豚、仔牛、うさぎ、羊、七面鳥、きじ、あひる、がちょう、あげていったらキリがない。
こうした生きものが大食の祭壇に捧げられているのが現実なのである。

 肉には野菜を、ということで野菜や果物を大量に生産することにも危険が伴っている。
そのために使用する化学薬品が生命体系を破壊しつつあるからである。
小動物や昆虫が殺虫剤で毒を浴びている。
そうした成分がめぐりめぐってどれほど人体に入ってくるかは計り知れないのである。

 屠殺場は死を予期した動物の恐怖の鳴き声と血で、まさに地獄絵の様相を呈している。
一撃をくらって脳天を割られ、首を落とされると、
あっと言う間もなく胴体が釣り下げられ、やがて手足がバラバラにされてしまう。
駆けまわっていたあのけなげな生き物が見る影もなくなっている。
 それが急速冷凍される。それが何か月あるいは何年かして冷凍庫から引き出され、
のこぎりで切りきざまれて食肉店へまわされる。
 
赤身が鮮やかなのは染料が注入されているからである。風味は調味料で取り戻される。
繊維を柔らかくするためにさらに別の化学薬品が使用される。
かくして見た目には血のしたたるような柔らかい赤身のステーキができ上がる。
 
私は、霊的に成熟した人間は
自然に食べものについての正しい認識が芽生えるものと確信している。
そして成熟したスピリチュアリストは最後は植物食を中心とし、
しかも人工を加えない自然な食品を選ぶようになるに相違ないと信じている。
 
成熟した人間には美食は見るのもいやなものである。
物質文明最大の汚辱である。文明人は現在のようなぜいたくな食習慣を恥じるべきである。

  M.H.テスター『現代人の処方箋』(近藤千雄訳)
    潮文社、1988、p. 121

     *****


 食習慣が変わり、動物を血祭りに上げることを止めることによって、
霊的自覚の水準が高まりはじめるであろう。
そして西洋文明諸国の食事が質素になれば、世界の食料事情も良くなることであろう。
 
大食については弁護すべき要素は何一つない。許されてよい理由は一つとして見出せない。
大食の習慣がなくなることによって、餓死する可能性のある何百万もの人が生命を救われる。
自分は美食を食らいながら飢餓国へお金を寄付するなどという行為は、
人間の尊厳を侮辱するものである。
 
われわれは何とかして食習慣を改める必要性を世界へ向けて訴えないといけない。
“罪”という用語は少し古くさくなってきたが、この大食に関するかぎりはピッタリである。
 大食はまさに“死に至る罪”である。

  M.H.テスター『現代人の処方箋』(近藤千雄訳)
    潮文社、1988、pp. 124-125



公益社団法人・日本愛玩動物協会様の機関誌「withPETs」5月号に記事を掲載させていただきました。

IMG_0630.jpg


私は現代のロンドンのペット事情をⅠページご紹介させていただいておりますが、
その他、欧米と日本の動物愛護活動の歴史現状、
そして実際動物のボランティア活動をなさっていらっしゃる方々のお話など盛りだくさんの内容です。


アマゾンUKの決断

Picture 1428


大手インターネット企業アマゾンは動物福祉団体のキャンペーンに敬意を表し、
イギリスのアマゾンサイトでは今後一切フォアグラを販売しないことに決めた。

鳥類の肥大肝臓であるフォアグラの製造方法はあひるやガチョウに
強制給餌をする非常に残酷なものである。

今年の始め動物団体ビバはフォアグラ製造過程のビデオと
1万人以上の署名を集めた嘆願書を添えてアマゾンに販売中止を求めた。
キャンペーンはアマゾンを通じて売られるフランスの農場での
ショッキングなビデオを検証したことに始まる。
Labeyrie という企業の経営下にある農場であひるが巨大な棒で
大量の餌を無理やり押し込まれている非常に目の覆うような光景のビデオが流された。
あひるをケージの中で地面にピンで押さえつけ、口の中に自動的に大量の餌を流しこむ。

イギリス国内でフォアグラの生産は禁止されているが、
輸入したものを販売するのは合法である。
今回のアマゾンの販売停止の前は75グラムで15ポンドの製品を含む
フォアグラ製品は100種類以上あった。

ビバのキャンペーンマネージャーのジャスティン・カースウエル氏談

「身動きのとれないケージの中に鳥を押し込め、肝臓がふくれあがるまで
喉からパイプを差込み餌を流し込み続けるフォアグラ。

いったい誰がそれを食べたいと思うのでしょうか。
誰がそれを売りたいと思いますか。鳥を人工的に病気にする想像を絶する非道な方法です。

アマゾンの今回の決定は動物の福祉に心を砕く人々にとって
非常に素晴らしい勝利だと受け止めています。

アマゾンはサイトからフォアグラの販売を廃止した事により人道的な先駆者となったことを祝福すべきです。
これが世界に広がってくれることを望みます。
たとえどんなに大きな企業であれ、
アマゾンでさえ、消費者の声が物事を動かす事ができるという素晴らしい事例となりました。


Mail Onlineより

デパートのセルフリッジやハービー・ニコラスなど
フォアグラを売らない店がどんどん増えています。
今回のアマゾンUKの決断は民意が大手企業を動かしたという快挙です。
次は老舗のFortnum & Masonですな。



世界初の残酷ではないバーガー

DSC_0005.jpg

つい最近、牛の細胞を採取培養し、人工バーガー肉を製造することに成功しました。
そのニュースを受けてガーディアン紙に掲載された
世界的に有名な倫理哲学者ピーター・シンガー氏の記事です。

80年前ウインストン・チャーチルは語った。

「チキンの胸肉、手羽先だけを食するために
鶏一羽丸ごと殺すというばかばかしいことに終止符がうたれ、
何らかの方法で鶏の部分のみを育成する事ができる日が来るであろう」

チャーチルはこれには50年かかると踏んでいた。私たちはまだそこへ到達していない。
しかし今回世界初の人工牛肉バーガーの成功は
チャーチルが心に描いていた道へ一歩踏み出したことになろう。

この歴史的なイベントの功労者はオランダのマストリヒト大学の
マーク・ポスト博士率いるチームである。
方法は簡単だ。牛の筋肉組織から幹細胞を採取し栄養液につける。
すると増殖し、やがていわゆる肉片となる。
まだまだ越えなければならない問題はたくさんあるが、
最初はチキンの胸肉でもステーキでもないハンバーガーである。
本物の牛の筋肉組織から成っているが、それは屠殺される、
げっぷをするときにメタンガスを放出するあの牛ではない。

牛産業従事者は他の仕事を探すべきか?おそらくいつかは。しかしまだである。
このバーガー一片を作成するのに20万ポンド以上かかるからだ。
しかしいずれは本物の肉の値段に肉薄できるであろう。

もし値段的にあえば、人工肉への移行には非常に大切な倫理的意義がある。
まず動物の苦しみを軽減する。
小説ブラック・ビューティーのなかで労役に苦しんでいた馬たちが
エンジンの開発のおかげで解放されたように、
現代の食肉産業で苦しんでいる天文学的数字の動物たちが、晴れて解放される可能性がある。

それを喜ばない人間は石の心臓を持っていなければならない。
単なる感情論ではなく、動物倫理を研究する識者の間でさえも
食用肉産業における動物への扱いは神をも恐れぬ虐待であるという意見が増えてきている。
キツネ狩り擁護者で保守主義者であるロジャー・スクルートンでさえも
動物福祉の真のモラルは食肉産業が間違っているということからスタートするべきだと書いている。

二番目の理由として動物の肉をやめることにより、地球環境を改善することができる。
将来温暖化により犠牲になる何千万の人々。動物たちからはメタンガスがでる。
また食用動物を運ぶ車、トラック、飛行機樹などが排出する
グリーンハウス・ガスの量は国の総量の半分にいたることもある。
人工肉への移行ひとつで地球温暖化への影響を3分の2に減らすことができる。

ベジタリアンやビーガンの中には人工肉に反対するヒトもいるかもしれない。
彼らはもともと肉の必要性を認めていないからだ。それはそれでよい。
彼らはそのままでいて人工肉も食べなくてもよい。

ただ、ベジタリアンでありビーガンであることはそこにとどまる事ではない。
動物の苦しみを減らすだけでなく、人類のためにも、
この地球を次の世代に生きていける場所として手渡すべきであると考えている。
私は40年肉を食べていないが、人工肉ができたら味見してもいいかなと思っている。

By Peter Singer

Guardian UK

ピーター・シンガー(オーストラリアの哲学者・倫理学者であり
現代の世界で最も影響力のある学者として知られている。「動物の解放」は有名)


プロフィール

ノーマンテイラー邦子

Author:ノーマンテイラー邦子
ロンドン在住/通訳・翻訳業
保護猫延べ6匹、保護犬一匹、庭にキツネ3匹ほど
ホームページ
私に何の関係があるというのだ

最新記事
多くの方々がご覧くださった記事
Tweet It
カテゴリ
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

大の男が号泣するとき
When a big man cries キンドル版
イギリスの動物保護団体
ノン・キル・シェルターの成功法ヒント
お一人でも多くの方へ
当サイトはリンクフリーです。転載、引用、ご自由になさってください。 動物たちにとっての最大の脅威は「残忍な人間たち」でありますが、 同時に「実際に何が行われているかを知らない人たち」です。 どうぞお一人でも多くの方に広めていただければ、 これに勝る幸せはありません。 本ブログは私がすべて英語より意訳/荒訳/超訳/創作訳をさせて戴いております。
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
QRコード
QR