私たちの夢の美しさを信じること

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前回の続きです。

教会の立場

英国国教会もカソリック教会も動物への不必要な苦しみは避けるように指導しているが、
カソリック教会の
「必要もなく動物を苦しめたり殺したりすることは人間の尊厳に反することである」
という条項は、あくまでも人間中心の記述であり、
「虐待は動物に対して悪いことである」とすべきであると批判する声もある。

何故神は動物を苦しめさせるのかの議論

クリスチャンにとって動物が苦しむということは
愛に満ちた全能の神のなさることとしては、不可解に見えるかもしれない。
神が全能であり、善を追求するのなら苦しみを回避させることが可能であるはずだ。

しかし現実には動物は苦しんでおり、論理的にも説明の付かない苦しみもある。
そのことに対してキリスト教では説明をつけなければならない。
(つじつまを合わせなければならないとも言う:訳者)

教理者や哲学者は動物の苦しみの理由付けとして

★動物は痛みを感じない
★痛みを感じているように見えるが、精神的な痛みではない
★痛みを感じないので苦しまない
★ゆえに苦しみは表面だけのものであってこれが愛のあふれる神のご意思と相反しない。

この主張をサポートする人はほとんどいなく(当たり前である:訳者)、以下はその反論であった。

●動物の行動は人間が痛みを感じたときと同じである。
●高度な動物は神経システムが人間と似ている
●痛みを見せないから痛くないというのは何の証明にもなっていない。


キリスト教の歴史と神学者たち

初期のキリスト教時代では人間は神を模倣して作られ、すべての動物より格上であり、
人間以外の動物に対してパワーを有するとされていた。

思想家オーガスティン

動物は人間の益のために存在しているという動物の劣性を植えつけた。
動物は自分が生きていることさえもわかならい

トマスアクィナス(中世の神学者)

動物は人間のために作られ、理性がないので人間より劣る
他人の動物を殺した人は他人の財産を侵した罪で罰せられるべきで、
動物を殺したからという理由では罰せられない

宇宙は神をトップに、ヒエラルキー制度となっている。下にいるものは上につかえなければならない。
動物は人間に仕えなければならない。

動物は永遠の魂を持っていない

カールバルト(20世紀のスイスの偉大なる神学者)

神の化身である人間は動物より重要であると教えている。



BBCは歴史の出来事として掲載していますが、
実はいまだにこの考え方をしている国々のほうが多いのではないでしょうか。

今日みつけたポスターの言葉がとても素敵だと思いました。

The future belongs to those who believe in the beauty of their dreams.
「未来は自分達の夢の美しさを信じている者たちに広がっている」


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プロフィール

ノーマンテイラー邦子

Author:ノーマンテイラー邦子
ロンドン在住/通訳・翻訳業
保護猫延べ6匹、保護犬一匹、庭にキツネ3匹ほど
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