誰も教えてくれなかった5つの事

2015/ 11/ 03
                 

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犬を飼おうと思った時に知らなくてびっくりしたこと


1.レスキューセンターから犬を貰わない人間はモンスターである。

あなたの地域はどうか知らないが、ここLAでは住民の第六感が普通より優れているのか、
シェルターからでなく、ペットショップやパピー・ミルから買うと、
なぜかすぐ皆の知るところとなり、あなたは憎しみの対象になるのである。

それ以前に犬を探し始めたと回りに言い始めたら、
みんな肩をぐっとつかみ「何をしてもいいけど、レスキュー・ドッグをもらいなさい。
パピーミルからではなく、シェルターに行きなさい。
約束してちょうだい。そうすると私に約束してちょうだい!!」と振り回される。

彼らは正しい。

お説教は嫌いだけど、シェルターからレスキュー犬を貰うというのは
ペットショップから買うよりはずっと良いことであり、
そうする人はとても良い人たちである。

危険な道路をふらふらと歩いているところを保護されたり、
走行中の車から投げ捨てられて、運よく命を救われた犬たち
(このショッキングなストーリーは決して珍しくないとシェルターの人たちから聞かされた)
この犬たちこそ家が必要なのである。

そもそもペットショップやブリーダーの犬たちは非常に高い。
しかし人はヘンな素性の知れない問題だらけの犬ではないという保障のために
その高額な値札に同意する。

私はレスキュードッグを貰うことに決めた。

ブリーダーやペットショップにはお金を払わない。
私の慈愛で殺処分を受けるはずだった命を救う。
救命をするという概念はヒーロー気分にさせてくれるうえ、
犬の過剰頭数問題の軽減にも一役かうことができるので気分がいい。

しかしまずびっくりしたことは

2.レスキュー犬にお金を払う

犬を引き取るときにお金がかかるとは知らなかった。 
ただケージを持っていってもらって帰るだけだと思っていた。

250ドルから450ドルの間。シェルターや犬の年齢などによって変わってくる。

必要経費がかかるのだろうし、お金を払うのにはまったく問題ない。
ここはアメリカだ。無料のものは何もない。
犬を貰う場所があって犬を連れて帰ることができればそれでいい。

しかし次の点にもびっくりさせられた。

3.そこにいってそのまま犬を持って帰れるわけではない

小さいころ、家族でシュエルターに行って、
あの犬が欲しいと指させば、そのまま家に連れ帰ることができた。

昔はよかったといういうつもりはないが、昔はよかった。

今は犬を貰うに、犬のトレーニングの本を読まなければならない。
経済状態を整えなければならない。犬が暮らしやすいアパートに改造しなければならない。
餌や玩具やクレートなど、犬が必要とするものをそろえなければならない。

その準備を進めるうちに、自分にピッタリの犬を見つけた。
エネルギーに満ち溢れて、独立心が旺盛で目がキラキラしていて凛としていた。
他の犬を見てもこの犬ほど胸がどきめきなかった。
この犬にしますと札束を差出し、連れて帰ろうとすると止められた。

そんな手順ではない。

もしあなたが、LAで犬が欲しかったら、
大学の願書を埋めるよりもっと多くの枚数の申込書を書かなければならない。
自分の仕事、収入、家族以外の複数の推薦者。実に不思議である。
私が犬を殺すのが下手な人間だと証明してくれる友人が何人いるか疑わしい。

推薦者も何とかそろえた後、私の性格を推し量るインタビューを受けなければならなかった。

お金を差し出し、あの犬が欲しい、
連れて帰るといった人間をどのように評価したのかわからないが、
犬なしで家に戻された。

書類選考や結果などに一週間かかり、
それに受かれば今度はハウスチェックがくることになり、
それもまた一週間かかると言われた。
ハウスチェックが来た時、
「大丈夫ね。犬の毒になるようなものは何も置いてないわね」と言われた。

私はすべてのチェックに受かった。しかし欲しい犬がもらえなかった。

さて次はこれだ。

4.シェルターで働く人は人間が嫌いである

と思わせられる何かがシェルターで働く人たちに感じる。
スタッフもボランティアも人間に愛想をつかしているのではないか。
どのシェルターにいっても挨拶をするときのその顔は
「ああ、また別の人間がやってきた。怠け者で残酷でペテン師。
犬猫が欲しいんだって?嘘をつくんじゃないよ」

あの人たちは私たちを憎んでいる、信用していない。
誰一人犬をもらう準備などできてやしないと思っている。
彼らがそう思うには深い事情があるに違いない。
動物にひどいことをする極悪非道人ばかり見て、
人間不信に陥っているのかもしれない。
犬が手に負えなくなって真夜中、道路に放り出す人間を信じることができないのは当然だ。

しかし心を開けよ。私はここに金を持って、犬をくれと言ってるのだ。
ここはアメリカだ。犬をくれ。

この人間に対する不信感のためシェルターの人間たちは犬を救うことに焦点がいきすぎ、
対人間がないがしろにされていないか。犬の譲渡システムにほころびはないのか。

私は欲しい犬がもらえなかった。
テストには全部受かったのに、スタッフが間違えて他の人間に渡したのだ。

犬の玩具などフル装備をしたが、犬がいない。
何と不運なことか、なぜかというと

.5.犬がいない人間は可哀想な人であるから

これは感情論ではない。
男が一人アパートで、犬用ベッド、クレート、餌ボウル、玩具、おやつ、
数週間分のドッグフード、これだけに囲まれていまだに犬がいない状態!
暗闇の中で犬の玩具をキューキュー鳴らして一人で過ごす。
傍目からみると非常に可哀想なレベルの光景であろう。

こんな記事の終わり方をして申し訳ないが、話はこれで終わりだ。
元気がないときは可愛い動物の写真を眺めて微笑むのだが、
これもますます不気味さを増すではないか!



誰も教えてくれなかった5つのこと

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