僕は賭けてもよいのですが

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削ってもまだまだ長い今回のご紹介記事!
お時間のない方はボブ・ベンツ氏の編集後記だけでもご覧になってください。

虐待を受けていた動物たちが、幸せな結末を迎えるストーリーがとても好きです。
2012年、感謝祭の日に南カロリーナで救出されたピルグリムの軌跡もそのひとつです。

ピルグリム・ベンツがボブ・ベンツに語った自伝

ピルグリムというのはもともとは私の名前ではない。最初はベントリーだった。

私は2012年11月24日、
南カロリーナのダーリントン区ヒューメイン・ソサエティによって救出された。
その救出劇は地方紙に掲載され、
私はテレビにも出演した。
それでこのようにセレブになったのである。

生まれて最初の2年間はずっと家の裏庭の木に繋がれていた。
飼い主は私の世話をせずに、
仔犬の時のままの首輪をつけっぱなしにしていた。

参ったのは成長と共に、首輪が首にくいこみ、その周りを毛がかぶさってしまい、
私は24時間屈強なプロレスラーから首を絞められているような感じであった事だ。

しかもある日、誰かが、私に向けて22口径キャバリアで少なくとも4回発砲した!
こんなことをされるほど私が悪いことをしたかどうしてもわからない。
でも彼らなりの理由が何かあるんだろうと思うが。。

ある日、鎖が偶然にとれて、隣の家に迷い込んだ。
首の周りの傷口が開き、炎症を起こして膿んでいた私を見た隣人は、
すぐダーリントン区のヒューメインソサエティに通報した。
その時はわからなかったが、
今後多くの人が私を助けてくれるその中の最初の人たちであった。

11月22日、ヒューメイン・ソサエティの人たちが警察と一緒に私の様子を見に、
家にやって来るのをみると、飼い主は私の鎖をはずした。
私はとりあえず森へ身を隠した。
訪問者が良い人間か悪い人間かわからなかったからだ。

私がいなかったので、警察たちは翌日来ると言い残し退去した。
飼い主は私を呼び、私は戻るしかなかった。
他の方法があるとか、もっと良い世界が待っているとか知る由もなかった。

翌日(感謝祭の前日)飼い主は会社に行く前に再び私の鎖を解いた。
たぶんいなくなってくれと願いつつ。

警察が来たときはそういうわけで私はまたしても家におらず、
警察は何もしなかった。何事も進展しなかった。

しかし、その夜、人々の間で噂が広まったのである。
私を助ける努力をしていないのではないか。再訪しなかったのはどういうことか。
みんなは警察にがんがん電話をし、フェイスブックにアップし、
シェリフやダーリントン市長にまでかけあった。
会ったこともない私のためにどうしてここまでしてくれるのだろう。

感謝祭の当日、副シェリフがやってきて、
首の傷が以前にもましてひどくなっていた私を引き取って帰った。
感謝祭の日に救出された私にはピルグリムという新しい名前が付けられたのである。

アンダーソン・アニマル病院で レントゲンを撮ったときに、
78個のメタルが撮し出された。ひとつひとつが弾丸である。
これでは空港のメタル探知機でひっかかり、先へは進めなかっただろう。 :>)

食い込んだ首輪を取り出す手術は本当に痛かった。しかも二回もだ!

しかし獣医もヒューメイン・ソサエティのスタッフもみんな私に優しかった。
こんなに優しくされたのは生まれて初めてである。
手術後もレスキューセンターには戻らず、フォスター・ファミリーの家に置いてくれた。
そうすれば傷が早く治るらしい。

この優しい女性は毎日傷口を消毒をしてくれ、薬も飲ませてくれた。
やはり一番うれしかったのは、この女性がいつもいつも抱きしめてくれることだった。
この優しい人たちはいつも私のことを「愛している」と言う。

終の棲家が見つかるまで、
フィラデルフィアの近くにすむベンツ家にしばらくやっかいになることになった。

親切なベンツ・ファミリーは散歩に連れていってボールも投げてくれる。
ご飯ももらえるし、家の中に置いてもらえるし、何より、私のベッドが実に柔らかい。
ドッグ・ドアが付いているので家の中も外も自由に行き来できる。
他のフォスター犬と一緒に遊ぶこともできいる。
とりわけハッピーだったのはもう鎖につながれていないことである。

私がこれまでどんな生活をしてきて、
今どれだけ幸せかをこの人たちに伝えたいのだが、
いかんせん私は英語が話せない。
しかし、南カロリーナで世話をしてくれていた人たちから話を聞いたらしく、
ある日私にこう言った。

「ピルグリム、大変な日々を送ってきたのだね。
もう誰にも絶対お前を傷つけるようなことはさせないと約束するよ。
ここをお前の終の棲家とするかい?」

「うそ~!!?!」私はジャンプをして思わず天井に頭が届きそうになった。

時として物事は運命づけられていることがあるんだと思う。
私の人生は劇的に良くなった。
雪の中で遊んだり、ボールを追いかける私のビデオをご覧になって欲しい。

1月、私の前の飼い主は起訴され、法廷に立った。
多くの人が私をサポートするためにグリーンの服を着て
裁判所の前でデモを行ってくれたのだ。
みんな会ったことはない人たちばかりなのに。
ただただ私のストーリーを聞いてやってきてくれたのだ。

私の元の飼い主は動物虐待で有罪となる。
皆は私が嬉しいに違いないと思うかもしれないが、そうではない。
彼女のところには絶対戻りたくないけど、彼女のことは許す。
私は永遠の家を見つけ、ここでとても幸せに暮らしているし。


編集後記:ボブ・ベンツ

ピルグリムのストーリーは氷山の一角で、
アメリカには多くの似たような話がたくさんあります。
助けを必要とする犬の数に対し、
差し伸べる手の数が絶対的に足りないのです。

どうぞペットショップで犬を選ぶ前にレスキュー犬を貰うことを考えてください。
ピルグリムのような素晴らしい犬たちが新しい家を待っています。
もし飼うのが難しいのであったら、フォスター・ファミリーという選択肢もあります。

我が家ではピルグリムを犬のネルソン・マンデラと呼んでいます。
あの偉大なマンデラ氏と同じ名前とは畏れ多いですが。。

ピルグリムは人間への憎しみで溢れているべきです。
しかしそんなものはひとかけら持ち合わせていない。

ピルグリムは人間に不信感を持つべきです。
しかしそんなものはみじんも存在していない。

ピルグリムは攻撃的であるべきです。
しかしそんなことは夢にも考えていません。

ピルグリムは自分に拷問を加えた人間を憎むべきです。

しかし

僕は賭けてもよいのですが、

もしピルグリムが、最初の飼い主に会っても、
しっぽを振って喜んで駆け寄っていくことは間違いありません。

だから僕たちはピルグリムを犬のネルソン・マンデラと呼んでいるのです。



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プロフィール

ノーマンテイラー邦子

Author:ノーマンテイラー邦子
ロンドン在住/通訳・翻訳業
保護猫延べ6匹、保護犬一匹、庭にキツネ3匹ほど
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