私が食べなかった動物たち

2014/ 06/ 17
                 
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ヨークシャー生まれのドナルド・ワトソン氏(2 September 1910 – 16 November 2005)は
ビーガンという言葉を造った人であり、ビーガン・ソサエティの創立者です。
彼の生前のインタビューが素敵で、数回に分けてお伝えする予定です。

■お生まれは?

1910 年、9月2日南ヨークシャーの肉を食べる家庭に生まれ育ちました。

■ 子供の頃はいかがでしたか?

小さいときの記憶の一つにジョージ叔父の農場で過ごした
ショッキングな休暇というものがあります。
農場には面白い動物たちがたくさんいて、ワーッと取り囲まれるのが嬉しくてね。
動物たちはすべて私たちに何かを与えてくれるものなんだなあと思っていました。

農耕馬は畑を耕し、普通の馬は馬車をひいてくれます。
牛はミルクを、雌鶏は卵を与えてくれます。雄鶏は目覚まし時計になってくれました。
そのときは動物たちがほかの役割も担っているなどと知る由もありませんでした。

羊から毛をもらうというのはわかっていましたが、では豚は?
私を見ると喜んでかけよってくるこんな人懐っこい動物は?

ああ。。。ところがその日は来たのです。豚が一匹殺されました。
豚の悲鳴も含めていまだにそのときの生々しい光景がよみがえります。
ショックだったのは、私が尊敬していたジョージ叔父が関わったということです。.

私の中で農場とそして叔父は再評価されなければなりませんでした。
あの美しい田園風景は死刑収監房以外の何物でもない。
人間の役に立たなくなるその日まで、
動物たちはカウントダウンで生命を刻んでいるのですよ。

それから21年間そこで暮らしましたが、
その間ずっと両親からも、祖父母からも、22人いる叔父叔母からも、
16人の従兄弟たちからも、教師たちからも、教会の牧師たちからも
何一つとして「神が創造した生物たちに」に対する仕打ちに対して
悔恨の言葉を聴いたことはありません。

1924年の新年に決意しました。
それから78年間肉も魚も食べていません。

■ 動物を使ったスポーツはどう思われますか

たるの中の底の澱です。どんな必要性がありますか?
自分たちの楽しみのために生物を殺す。くず以外の何者でもありません。

■ 動物実験はどう思われますか?

残酷なスポーツは、たるの中の底のかすだと申し上げましたが、
動物実験はもっと下部のかすへ位置します。

いつも思うのですが、もし肉屋や動物実験者が存在していなかったら、
私たちは自らの手でそれをやることができますか?
もし自分たちでできないのなら、自分たちのためにやれという権利はまったくありません。

■ 今92歳と104日ですが、長生きの秘訣はなんですか。

ウェールズ出身の女性と結婚しましたが、ウェールズのことわざに
「みんなが走っているときは立ち止まれ」ということわざがありますが、
私はそれを守ってきたように思います。

どれだけ多くの人が自殺の道へと走っていると思われますか。
危険だとわかっているのにただの習慣で走り続けている。
人類の最大の過ちは自然の意思に反して肉食になっているということです。

これから10年以内に私はある朝目が覚めない日を迎えるでしょう。
そのときの事をバーナード・ショーのように想像しますと、お葬式が開かれ、
人々がぱらぱらと集まるでしょう。

私が期待しているのは、
そこには私が食べなかった動物たちすべてのスピリットが来てくれるかもしれない。
そうなったらすごく大きなお葬式になりそうで楽しみにしています!,

■ ビーガンになってよかったと思うことは?

良心に何ら恥じることなく生きることができる事です。
また科学者たちも方程式に良心を加えることが必須であると確信しています。


mr donald watson


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