あの犬もティムの不在に耐えられないのだ

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Big Ben

階下にある自分のベッドの中に丸まって寝ている。とても良い子だ。
私を見上げる目はチョコレート菓子のように茶色に輝く。
レスキュー・センターからもらってきたコリーとスパニエルの雑種である。
しかし私にとっては絵のように美しい犬だ。

そばに寄ったときだけそのチョコレートの目に白い雲がかかっているのが見える。
そして遠目には厚く手柔らかな毛が、実は抜け落ち、グレーに変わっているのも。
後ろ足を腹の中にたくしこみ、神経痛の痛みで震えている。
かつてはボール、棒、リスや猫を休むことなく空中に身を躍らせ風のように追いかけていた。
飼い主の足音を聞きつけ、全速力で走りよってきた永遠に続くと思われた日々。

これがこの年寄り犬マフィン15歳である。そして今年がおそらく最後の夏となるだろう。
数週間前軽い脳出血を起こした。長年心臓も悪くしていて、ひどい咳をする。
もうあまり長くこの世界にいないことを知りつつ、いなくなれば私はどれだけ自由になるだろうと
自分に言い聞かせる。

いつも同じだ。犬の死は私の心臓をばらばらにする。

マフィンはこの10年、要求と言うことの面で言えば、しごく控えめであった。
物事がわかり、忠誠の限りを尽くした犬であった。長い闘病を経た夫の死も見送った。
娘がティーン・エージャーになり、私のことをあまり必要としなくなった時も、
マフィンは夜遅くテレビを見る私の足元でいびきをかき、
パーティーやコンサートが終わった娘を迎えに行く車に呼ばれるのを待っていた。

夫のティムが亡くなったとき、マフィンは彼を探し続けた。その姿は私にとても重要な意味をもった。

3歳のマフィンをRSPCAから引き取ったのは1999年。娘は当時7歳でペットをとても欲しがったのである。
夫のティムはガンの闘病中であった。彼も何か変化が欲しかった。いつも犬が欲しかった人である。
人生を通して動物を愛していた。私は彼を説得する必要はなかった。
私も犬と一緒に育ったので、マフィンがどんなに楽しいか、どんなに手がかかるかちゃんと知っていた。

予想がつかなかったのは返ってくる恩恵の深さであった。

RSPCAで最初にマフィンを見つけたのはティムである。
マフィンはティムをめがけてまっすぐに走ってきた。
確固と決意された彼女の意思を示しながら。

どんなに娘が甘やかそうと、大きく野太い声でいばりくさっている夫を
小さいマフィンは主人として選んだ。
それから5年の闘病期間を経て、2004年の彼の死まで、
マフィンはいつも一番身近に寄り添う存在となるのである。

ティムが元気だったころ、マフィンと毎日遠くまで散歩した。
時々あまりにも長くて心配するほどであった。
警察に連絡しようかと思ったときに
「ごめん、ごめん、時間のたつのをすっかり忘れてしまったよ」と
葉っぱや小枝を身体につけ、くたくたになった雑種犬をひき連れて
家の中に入ってくるのであった。

ティムの具合が悪くなると
マフインはベッドの上で吐き続ける彼の横に優しく寄り添っていた。
時には彼の痛みをとり、彼が休むことのできる助けとなって。

ティムの命が終わりかけた頃、マフィンはホスピスへ訪ねて行った。
問診をする医師たちに唸る。
彼の回復を、マフィンだけが、彼が戻ってくるのをマフィンだけが疑っていなかった。
マフィンの存在は忠実と揺ぎない献身の天からの贈りものであった。
ティムの肉体をとどめさせることはできなかったが、彼の精神を安らかにしてくれた。
マフィンの前ではティムはありのままのティムであった。
ふたりで静かで、言葉のいらない、エゴのない特別な空間へ入っていった。

ティムがいなくなると、マフィンはあちこち探し回った。
車が来るたび、マフィンはシッポを振りながら車を迎え、降りる人を数えた。
一人、2人、。。。3人目もティムじゃなかった時は、車の中に飛び込んで中を探しまわる。
そんなはずはないと。
この忠誠心を見るのも私にとって非常に大きな大きな意味を持つ。
あの犬もティムの不在に耐えられないのだ。絶望的な気持で寂しがっているのだ。
マフィンは私と娘に吹きすさぶ強風を和らげてくれた。

マフィンはティムに必要以上に尽くしてくれたが、今度は娘の番であった。
父親が亡くなった時は11歳である。
父親を失う悲しみを感じるのには充分な年であったが、
マフィンとの遊びで慰められる幼い年でもあった。
私がお葬式の後、終わりのない雑務に追われ、疲れ果てている時、
マフィンは娘を慰めてくれた。
動物がもたらしてくれる喜びを娘に精一杯注いでくれたのである。
娘とマフィンは姉妹のように遊んだ。
いろいろなドレスや帽子を着てゲームをした。
笑いとたくさんの写真をが私の娘に与えられた贈りものである。
マフィンがウエディング・ドレスを着た写真がある。
ハンドバッグとヘッドバンドをして「サンタさん、ここにきてね」と言うサインの前に座っている。

そして一枚一枚の写真で、私は賭けてもいいが、犬は笑っているのである。
マフィンはいつも冗談がわかった。
私たちを笑わせることができているのを知ってマフィンは非常に嬉しそうだった。

マフィンは私を家の外から森へ連れ出してくれた。
ティムがそうしたように私もマフィンと歩いた。(棒やボールを家においてきたけど!)
彼女の厚く柔らかい毛の首をなでるとき、
そして満足してうとうとしていくさまを眺めるのがとても安らぐ時であった。

時間は未来へとどんどん進んでいく。9月がやってきて娘は大学へ行く。
犬は娘の子供時代から青少年に代わる橋渡しであった。
今度は大人として家を離れ、マフィンと離れ、私と離れ、一人立ちする。

犬と2人きりになる時間がますます増えた。
私たちはお互いに孤独を抱えてそれを分かり合えるのだ。
日々の雑事のなかで話しかける。
犬は沈黙を守っているが、栗色の眉をあげながら、私の気持をぴったり受け止め、
ときどき同情のひと舐めをくれる。

マフィン、この小さい生き物はとても疲れている。
眠っている時間が長くなり、散歩もきつくなり、病名が増えていくばかりである。
痛烈な友人が「今はもう天国を見上げているのよ」と言う。

けれど、まだマフィンを引き止めているものがある。
彼女の最後の仕事である。「マフィンは娘さんがいなくなるまで待っているのよね」と友人が言う。
そうだ。娘がいなくなってひとりぼっちになってしまう私を
マフィンは大丈夫かどうか見届けなければならないのだ。
それは彼女の深い深い愛情をもって私たちにしてくれたすべてのことと同様、
死が私たちを分かつまでそうし続けてくれるのだ。
By Barney Bardsley (イギリスのジャーナリスト)
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こういう記事を見るにつけ、犬を飼っていらっしゃる方はうらやましいなあと思います。
(猫は猫のよさがあるのですが。。。)


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プロフィール

ノーマンテイラー邦子

Author:ノーマンテイラー邦子
ロンドン在住/通訳・翻訳業
保護猫延べ6匹、保護犬一匹、庭にキツネ3匹ほど
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少々お待ちください。
contact: alicetigger24★hotmail.com

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