バリー、あんたが死んでどうする - 4

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At Harrods

ハンガーストライキ

35日間

1997年1月6日服役中のホーンは当時の保守党ジョン・メージャーに
5年以内に動物実験のサポートをやめると約束しなければハンガーストライキに入ると宣言し、
2月9日までの35日間食べ物をとらなかった。
2月9日に労働党の動物福祉科のエリオット・モーリーが
「労働党は動物実験を減らし、ゆくゆくは終止符をうつことに腐心すると言った。

世間ではこれを受けて、動物保護活動が活発に行われ、
実験用の猫を扱うオックスフォードシャーのヒルグローブ農場から猫を略奪、
ハーランブ・リーダーを襲撃、コンソート犬舎からビーグル救出、
ノーザンプトンシャーのチキン農場のトラックを破壊、
ドーバー港を封鎖し、街のマクドナルドに打撃を与える。
そしてホムステッド農場の動物実験からウサギを略奪した。

46日間

1997年8月11日に二番目のハンガーストライキが始まった。
約束した期日内に政府がすべての動物実験のライセンスを
企業から剥奪することが彼の目標であった。
彼をサポートする動きが増えてくる。
1997年9月、ロンドン、サザンプトン、クリーブランドのハーグ、
オハイオ、スエーデンのウメア大学など、
あちこちで集会が開かれた。ブライトンのシャムロック農場では400人、
ウィッカム研究所では300人。労働党のオフィスの前はピケットが張られる。
ケンブリッジ州のハンディントン研究所の前は活動家がキャンプをはった。
ニューチャーチのモルモット農場は600匹解放された。

46日間食物を口にしなかったホーンが
9月26日にハンガーストライキを終えた理由は
政府の大臣からホーンのサポーターへ連絡が入り、
話し合いの場をもとうと提案されたからだ。
これは動物の自由保護活動に関して公的に認められた最初の話し合いであり、
重要な一歩とみなされた。

68日間

ホーンの最長のハンガーストライキは1998年10月6日に始まり、
68日後の12月13日に終わった。
この事は英国政治における動物実験の問題の位置づけを高くした。
ホーンのやつれた姿は世界中のニュースとなり、
もし彼が死んだら、何人かの科学者を殺すという脅しも発生してきた。
ホーンからの要求も細かくなってくる。
動物実験のライセンスをすべて終止、現在のライセンスも更新なし、
医学領域以外の動物実験は禁止、
2002年1月6日までにすべての動物実験を廃止、
ポートンダウン研究所の動物処理の速やかな閉鎖、
政府動物処遇委員会の閉鎖。

このとき、ホーンは有名な声明文を発表した。

「この闘いは私たちのためではない。個人的な欲求でも必要性でもない。
動物実験によって苦しみ死んでいくすべての動物たちのためである。
私たちが何かしなければ苦しみ死んでいくすべての動物たちのためである。
拷問され死んでいった動物たちの魂は正義を求めて叫んでいる。
自由に生きていく権利を求めて叫んでいる。
私たちがその正義をつくり、私たちが彼らに自由を伝達することができる。
この動物たちは私たち以外に誰も頼るものがいない。私たちは失敗はできないのだ」

この声明文はキース・マンが筆記を引き受けた。ホーンの体が弱ってきたからである。
最初の二つのストライキが体にダメージを与えたものと思われる。
最初は刑務所にいたがストライキの10日目刑務所の病棟に移されたが、
トイレや洗面台もなく、ダンボールだけで作ったテーブルと椅子のみである。
サポーターたちの要請により、普通の部屋に移されるが、
43日目に死ぬのではないかと思われ、教会の牧師が呼ばれた。
そのころまでには25%の体脂肪が失われていた。

労働党は公的には脅迫めいたことに屈することを拒んだが、
非公式には交渉の場をもった。
大臣のトニー・クラークは11月12日に話し合いのために刑務所を訪問した。
44日目のハンガーストライキの日であった。ミーティングの後、ホーンは声明を発表した。
何の目新しい申し出はなかった。ゆえにハンガーストライキは続行すると。

46日目、一週間嘔吐が続き脱水状態を起こしたため、ホーンはヨークの病院に移された。
52日目には強い痛みを訴え、視力も失われてきた。
サポーターたちは政府との対話を録音しようとテープを持ってきたが、
ホーンは集中することができなかった。
ホーンは意識不明に落ちず、交渉をきちんとできるように
オレンジジュースと砂糖を入れた紅茶を3日間飲むことにした。
このことは後にハンガーストライキがインチキだとマスコミにかきたてられた。

そしてロンドンでは国会の前でキャンドル、プラカード、ホーンの写真を持って
抗議する人がたくさん現れるのである。
国会議事堂に向かう女王の車は妨害を受け、
ダウニングストリートに停めてあった車のタイヤをパンクさせたりした。
南西ロンドンのビブラ研究所やドーセットのウインドミルにあるミンク農場をデモ行進し、
フィンランドでは400匹のきつねと200匹の狸を解放した。
リサーチ・ディフェンス協会のオフィスも乗り込まれた。
世界各国の英国大使館の外ではデモが行われ、政府のビルはピケットをはられた。

脅迫

ホーンの生命が危ぶまれる状態になったとき、ある動物権利団体は科学者4人の個人名をあげ、
もしホーンが死ぬようなことになったらその4人も暗殺すると発表した。
視力を研究する英国の科学者コリン・ブレークモア、
薬学の教授でありバイオサイエンスの会長であるキングスカレッジのクライブ・ページ、
リサーチ・ディフェンス協会のマーク・マットフィールド、
研究用のために猫を繁殖させているヒル・グローブ農場のオーナー、
クリストファー・ブラウンであった。

このリストを受けて4人はすぐ警察の保護下にはいり、
活動家の周辺にはカメラが設置された。
クライブ・ページ教授はBBCに次のように語っている。
「私の名前がリストにあることを知らされたのはイタリアにいるときであった。
すぐイギリスに戻って家族に説明した。
子供に父さんが殺されるということを説明するのは大変だった。
警察は彼の家を監視し、毎日違うルートを通るようにアドバイスされた。
子供たちも誘拐の可能性があることを学校に知らせなければならなかった」

刑務所に戻る

63日目、ホーンは片方の耳が聞こえなくなり、片目も見えなくなり、肝臓も弱ってきた。
痛みも相当なものになってきた。
66日目の昼、政府が約束を実行してくれるのなら、
ホーンはストライキをやめると言った。
1998年12月10日の朝、66日目の日、
ホーンは家族やサポーターたち誰にも知らされずに病院から刑務所へ戻される。

政府はこの件に関して次のように説明した。
本人が病院での処置を拒否するため、病院にいる意味がないからと。
ホーンはこのときすでに幻覚症状が出始め、
自分がどうしてハンガーストライキを行っているかも覚えていないようだと側近は述べている。

ハンガーストライキの終焉

動物処理委員会の会長マイケル・バナーがイギリスの動物実験に関して
政府関連委員会とミーティングをすることにしたとマスコミは発表した。
これをホーンは政府の譲歩の一部と解釈し12月13日食事をとるようになったといわれている。
イギリスのマスコミはハンガーストライキの終焉に批難ごうごうであった。
オレンジジュースや紅茶を飲んで皆をだましていたと書き立てた。
生命維持のためのたった3日間の甘い飲み物を68日間の饗宴と表現した。

15日間

ホーンは回復しなかった。もはや筋のとおった戦略もなく、
サポートもなく、ただやみくもにストライキをやっていたようである。
刑務所監視員以外は彼が食べているのかどうかわからなくなってきた。
2001年10月最後のハンガーストライキに入り、それから15日後、肝不全で亡くなる。
享年49歳。延命措置は拒否していた。精神も明晰であったとされる。

マスコミは彼の死後も攻撃した。以下はガーディアン紙の報道である。

「無名で負け犬の清掃夫が、爆弾男となった。
しかしバリー・ホーンは死ぬことによって英国の動物の権利活動において最も成功した
テロリストグループの初の殉教者となったのである」

彼は故郷のノーザンプトンの森の樫の木の下にフットボールのシャツを着せられて埋葬された。
700人の参列者とともに棺は市中を練り歩いた。棺の布には次のように書かれていた。
「労働党は嘘をついた。バリーは死んだ」
"Labour lied, Barry died"

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記事と写真ウイキより抜粋:

私の気持はこのブログ記事に名づけたタイトルに集約されます。


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ノーマンテイラー邦子

Author:ノーマンテイラー邦子
ロンドン在住/通訳・翻訳業
保護猫延べ6匹、保護犬一匹、庭にキツネ3匹ほど
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