バリー、あんたが死んでどうする -2

2011/ 08/ 02
                 
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At Harrods

いるかのロッキー

ホーンが最初にマスコミに現れたのは1988年いるかのロッキー救出事件のときである。

ロッキーは1971年フロリダで捕獲され、
20年間、ほとんどひとりぼっちでランカシャー州の小さいコンクリートのプールに閉じ込められていた。
ホーンと他の4人のメンバーは290キログラム、200ヤードの長さのロッキーを海に返そう決意した。
はしご、あみ、自分たちで作ったストレッチャー、そしてレンタカーでミニメトロを用意する。
彼らはロッキーに馴れてもらうために何度か夜こっそりしのびこみ
プールに入ってロッキーと一緒に遊んだ。

決行当日、道具をすべてとりそろえ遂行しようとしたが、やはり無理であった。
ロッキーを連れ去ることはできなかった。
その帰りに運悪く警察の尋問を受けたのである。
いるかを運ぶ大きなストレッチャーを持った彼らは
まっとうな説明などありようがなかった。
5日間の裁判の後、動物窃盗の罪で500ポンドの罰金と
ホーンには6ヶ月の執行猶予の有罪判決がくだった。

しかし、ロッキーに自由を与えることは
ホーンと仲間たちの使命であり譲れないものであった。
キャンペーンは続けられる。 
1989年モーカムいるかセンターにピケットをはり、旅行者たちにリーフレットを配り、
地域の区役所にも陳情にいった。
そのため客の入りが悪くなり、いるかセンターのオーナーは
ロッキーを12万ポンドで売ることにした。

その金はサポーターたち、ボーンフリーファンデーションを含む
いくつかのアニマルチャリティ団体、
そしてサンデーメール紙などの強力により調達された。
そしてイギリスにとらえられているすべてのいるかたちを海を返そうという
「青い海へ」というキャンペーンへひろがっていったのである。
1991年、ロッキーは80エーカーの池に移され、その数日後海へと放された。
2、3日後、野生のいるかと一緒に泳いでいるロッキーが確認された。

サザーランド大学のヒュー教授は次のようにコメントしている。
「ホーンのキャンペーンによって、いるかは個性を持った俳優であり、
観光客が触れ合いたいのであれば、野生の環境の中で触れ合うべきだと
皆に示したという点においてイギリスにおける動物保護団体が行った画期的な動きとなった。
この結果、イギリスには今は捕獲されたいるかは存在していないのである」
 ー 続く

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ロッキーを拉致する前に水族館に夜半ひそかに忍び込みロッキーと遊んでいたホーンと息子

一人一人の力は小さいけれど、とよく言われますが、バリー・ホーンの成し遂げた事を見ると
ひとりの人間の力がこんなに大きいとは。。と感動します。もっと長生きしてもっと変えて欲しかった。

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