Empty Cage 序章

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トム・レーガンの著書「Empty Cage」の序章の抜粋訳です。
数回に分けてと思いましたが、一気に訳しました。
少々長いので、お時間のあるときにでも読んでください。
(日本語翻訳本が出版されていると思います。哲学者なので難解な部分もありますが、
動物の権利擁護論として非常に有名な本です)

数年前、「愛するか殺すかー人間対動物」というタイトルで
オンエアされた番組を見た。文化によって動物の扱い方がいかに違うかという点で、
興味深いものであったが、非常に不快なものでもあった。

中でも中国の小さな村での出来事は背筋が凍るものであった。
アメリカのレストランで生きたロブスターや魚を客に選ばせるのはご存知であろうか。
客が選んだ生物を殺し、シェフが調理する。
この中国のレストランではロブスターの代わりに生きた猫や犬なのである。

(猫を調理する方法は省力します:ノーマンテイラー)

こんなにショックを受けたことは人生の中でなかった。言葉も出ない。
アメリカ人は中国や韓国、そして他の国でも犬猫を食べるのは知っている。
食習慣に関する目新しい事項にはビデオでは言及されなかったが、
私がひっくりかえったのはそのプロセスであり、やり方である。
猫への残虐な行為を見るショック。
胸からつきあげてくるものはまさかこんなことが行われているわけはないという思いと
怒りが入り混じったものであった。
「やめろ!お前たちは何をやっているんだ!やめるんだ!」と叫びたかった。

一番のショックは、(少なくとも私にとってのショックは)、そこにいる人間の行動である。
彼らにとっては猫を調理し、食べるというう行為はすべて普通のことである。
日常茶飯事、当たり前のことなのだ。
客は「今日は夕食に猫を食べよう」という言葉は
「コーヒーとロールパンを食べよう」という同じトーンで語られる。
シェフは猫が苦しもうがどうしようが知ったこっちゃない。動物は木のきれっぱしに過ぎない。
動物の苦しみや死に面して、こんなに無頓着で、無関心で、気楽な人間を見たことがない。
この世界はいったいどうなっていくのだと驚愕の念に震えた。

バリエーションその1

さて、「愛するか殺す」のビデオを見て数年間私はいろいろなバリエーションを考えてみた。
まずすべてビデオと同じ状況で、犬と猫がせまいケージの中でなく、
広いケージにいたらどうだろうか。広いケージは私の考えに違いを与えるだろうか。
ケージが大きいので猫を食べても反対しないだろうかと自問した。

私の答えはいつも同じである。猫の身の上に起こることに異を唱える。

バリエーションその2

大きなケージに加えて、猫に静脈注射を与え、
表面的に静かに死んでいくようにしたらどうか。
この変化以外はすべてビデオは同じであるとして。
この変化は私の考えに影響を与えるだろうか。
猫は大きなケージに入れられ、優しく扱われ、静かに死んでいくのであるとすれば、
私は異を唱えないだろうか。

私の答えはいつも同じである。猫の身の上に起こることに異を唱える。

小さいケージより大きなケージのほうが良いに決まっている。
乱暴な取り扱いが優しい取り扱いに勝るわけがない。
けれど大きなケージに閉じ込められ優しく殺戮されても、
ふわふわした白い毛をもつ猫は夕食のために殺され皮をはがれるのだとしたら、
私は叫ぶ(少なくとも抗議する)
「やめろ、何をしているんだ。やめろ」と。 
世界中の大半の人が、そして中国や韓国の人たちの大半の人たちが
私に同意してくれるだろうと考えて止まない。

動物権利の擁護

動物の権利を信じる私のような人間は鷲、象、豚、いるかなどに対して
感じるのと同じ気持ちを犬猫に持つ。
しかし誤解しないで欲しい。豚を一緒のベッドに寝かせたり、
象を車に乗せたりといった動物をペット化することではない。
私たちが望むのはもっとシンプルなことである。
動物にひどいことをするのをやめて欲しいだけである。

動物擁護者に対するある特定のイメージがあろう。
感情的にバランスがとれておらず、論理的な議論もできない。
そのイメージを払拭したい。
また動物擁護者は動物を愛しても人間を憎んでいるという人もいる。
動物権利擁護の道を追求するにつれ、私はこれは真実ではないと確信する。
もし私が人間の権利、とくに権利を主張できない子供やお年寄りを軽視していれば、
動物の権利擁護者になりえるはずはないのである。どうして人間を憎むことができようか。

世界中で毎日何億もの動物たちが人間の残酷さのために殺されている。
痛い真実である。まぎれもない事実である。

何年、何十年かかるかもしれないが、私たちが成し遂げようとしていることは
共に生きている人間たちが手を合わせ協力してやっていくこと以外に成功の道はないのである。
動物の権利を獲得する戦いにおいて尊厳と権利を持つすべての人間たちが、
力をあわせてこそ勝利を勝ち得るものなのである。


ひどいことをするのも人間なら、そこから助けようとするのも人間です。
地球の大半の人が動物への残酷な行為に対して反対してくれると思います。
だからこそ知らせなければならないのです。
私たちの皿の上にあるものが、着る物が、化粧品やクスリがどうやって私たちのところに来たか。



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プロフィール

ノーマンテイラー邦子

Author:ノーマンテイラー邦子
ロンドン在住/通訳・翻訳業
保護猫延べ6匹、保護犬一匹、庭にキツネ3匹ほど
ホームページはただいまサーバーの不具合で閉鎖中
少々お待ちください。
contact: alicetigger24★hotmail.com

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