さて、私たちは何から始めましょう Tom Regan Interview III

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闘牛、動物実験など動物虐待の中でどれが一番残酷だと思いますか

虐待行為の内容も多岐に渡り、犠牲者の数もあまりにも大きいので
残虐性の順位はつけられません。
ただ数字だけで言うのなら、600億匹屠殺される食肉産業動物がそうでしょう。
闘牛で殺される牛の数はそれに比べると非常に少なく見えます。

しかし数は全容を明らかにしているわけではありません。
肉を食べる人はたいてい必要性があるから、
栄養的な理由があるからと教えられているでしょう。
実はこれは嘘なのです。生命を健康的に保つために動物の肉や動物製品
(ミルク、卵)など食べる必要はないのです。

100歩ゆずって健康のためというのはまだわかりますが、
しかしスポーツや娯楽のために牛を拷問にかけるのはまったく違う話しであります。
どんなりっぱな理由をつけようと
これが人間にとって重要だったり大切なことでありえるはずがありません。

動物を苦しめることなく楽しめるスポーツは他にたくさんあります。
観客を喜ばせるために動物を苦しめるというのは、どんな言い訳も通用しません。

私は思うのですが、健康のために肉を食べなきゃいけないと思っている人たちは
無知からきているものでありますが、
牛を拷問にかけて死ぬさまを見て喜ぶ人たちはサディズムです。
無知ゆえ動物を殺すのとサディズムのため殺すのはどちらがましでしょうか。
殺す数は脇に置いてみると、後者のほうがずっとたちが悪いのは言うまでもありません。

他の生物に対して敬意を払うのは
平和にとって重要なことであると信じているのは何故ですか


自分たちの食卓を平和にできなくて、世界を平和にすることができるのですか?
無知、サディズム、偏見、無関心、惰性、根拠のない優位性の思い込み、
それらはブラジルや北米で大量虐殺を阻止しようとする多くの人たちを阻むものです。
彼らは、道徳という布があれば、切れ端である悪です。しかし私たちができることがあります。
ひとりひとりのテーブルに平和をもたらすことです。それがスタートなのです。

私たちは何をすればよいのでしょうか

今申し上げたように、たとえば、
私たちの皿の上にのるものを意識するといった
ライフスタイルの見直しから始まります。

そして化粧品などの製品が
動物実験を経て作られているかどうかに関心を持つこと。

このステップを取る人たちの多くはそこでたちどまりません。
どれだけ残酷なことをしているかわかればわかるほど、
何とかしたいという気持が強くなります。
他の人にも知らせたくなります。
こうして動物の権利を守るキャンペーンが始まります。
組織立てて活動すると法律や公共のルールに影響を及ぼすことができます。
ブラジルの水族館で哺乳動物の見世物を止めたのは一人の人間ではありません。
みんなで一緒に成し遂げたことです。

さて私たちは何からはじめましょう。まず自分の生活から始めること。
そしてみんなで力をあわせ、
同じことを市や地域や国の規模で始めるのです。
どこにいようと、誰であろうと、これが動物の権利を守るために
私たちができる多くの方法の中の二つです。


果てしない道で果てしない数で気が遠くなりかけたりもするのですが、
世界の多くの国で日本のあちこちの場所で多くの人たちがあきらめずに、
ひとつひとつレンガを取り除いています。よくブログを訪問してくださっている
イタリアで保護活動をしているAさんも。沖縄のmi-goroさん、北海道のmottanさん、
そして多くの動物保護団体の皆さんも。


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プロフィール

ノーマンテイラー邦子

Author:ノーマンテイラー邦子
ロンドン在住/通訳・翻訳業
保護猫延べ6匹、保護犬一匹、庭にキツネ3匹ほど
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