物事は必ず変わります Tom Regan Interview II

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人間と動物は違います。どうして同じ権利を持つのですか

人間が動物と違うというのは真実です。
たとえば人間は歴史やフィクションを読み、生物学や天文学の学問をし、
自分たちの行動に責任をもったりといろいろなことができます。

しかしすべての人間ができるわけではありません。
そうするとそんな能力のない人間は権利をもっていないので、
道具として使っても良いと言えますか。
まさかでありましょう。
能力のない人間でも等しく権利を有しているのです。
生物学や天文学を理解できない人間の権利を否定せず、
それができないほかの動物たちの権利を否定するということが
理にかなうはずがありません。

人間や動物は細胞やウイルスや花や野菜のように
ただ生きているだけではなく、
自分の周りの世界を意識し、起こっていることを認識しているものなのです。
さらに私たちに起こることはだれが気に留めようがとめまいが、
生命の質を左右する非常に大切なものです。
これらの基本は人間であろうと動物であろうと平等です。
それなのに私たちはどうして自分たちの権利だけを求め、
他の生物を否定するのでしょうか。

社会はいつこの問題に目覚めるのでしょうか

歴史が記録されて以来、人々は動物の権利のためにたちあがっています。
権利と言う言葉は使わないかもしれませんが、
彼らが信じるところはひとつです。
セネカやピタゴラスといった先人達は、
私たちは動物を意味もなく傷つけたり虐待したりしてはいけない、
屠殺するときも同じであると、文書に残しているのです。
ただこれが動物の権利について語っていることに
気がついている人たちはほとんどいませんでした。

動物の権利の進化をどのように見ますか

私は現実主義者です。
世界は一夜にして動物に対して意識を変えることはありますまい。
物事を変えるのに時間がかかります。
しかし、これは非常に大切なことですが、物事は必ず変わります。

たとえばアメリカの州ではまだ行われている闘鶏は
ブラジルでは禁止されました。
アメリカの一部でいまだに行われている
サーカスの動物芸はリオデジャネイロで禁止されました。
そしてアメリカの学校ではまだ一般的である解剖と生体解剖の除去も行われ、
アメリカの遊園地などで行われている海の動物ショーも廃止になりました。
アメリカではまだ選択範囲ないにある鉄のあごはさみの形のわなも終わりました。
ブラジル内で達成された成果は素晴らしいものです。

ケージを空にするという私の本の中に動物の回りに大きくて高く、
外を見るためには背伸びしなくてはならない抑圧された塀が描かれています。
たとえて言えば中国の万里の長城の囲まれている子供たちでしょうか。
この抑圧的は塀を明日とりのぞくことはできません。
ただ私たちは一つずつ取り除いていくことができるのです。
そうやってブラジルでの動物の権利は改善されていきました。
私は彼らの熱意に敬意を表します。


今回は見送られましたが、
イギリスではサーカスの動物を全部廃止しようという動きになっています。
多くは残っていないのですが、
「そういう動き」になっているということが社会全体にひろまっているので
いまだにやっているところは白い目で見られるのみです。


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ノーマンテイラー邦子

Author:ノーマンテイラー邦子
ロンドン在住/通訳・翻訳業
保護猫延べ6匹、保護犬一匹、庭にキツネ3匹ほど
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