そのような残酷なことがどうして善でありうるでしょうか

2011/ 05/ 06
                 
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At Oxford

シルバーバーチ (Silver Birch) は、1920年にイギリス人青年
モーリス・バーバネル(Maurice Barbanell、1902-1981、当時18歳)
に憑依して語った霊とされているものの名です。
150年のスピリチュアリズムの歴史の中で三大霊訓の一つに数えられ、
「ダイヤモンドの輝きを持つ」と言われるシルバーバーチの霊訓から動物に関して
私が「やっぱり!!!」と決意を新たにした部分をご紹介させてください。
(武本先生、掲載にあたりご快諾くださいまして、まことにありがとうございました。)

動物の虐待について

● 最近は激しい苦痛をもたらすような動物実験が増えてきています。
それについてはどう思われますか。
多くの人々が、このような罪深い行為をやめさせようと努力していますが、

神の創造物である生きものに苦痛を与えるのは間違っています。
ただ、人間を救いたいという動機だけにとらわれて、
動物に苦痛を与えているということには 気がつかず、
無知のまま、動物実験を繰り返している人々が多いのです。
それでも、彼らは、神の法則を犯していることには変わりありません。


● でも、もし何度も聞かされているように動機が何よりも大切だとすると、
人間を救うためと考えて動物実験をしている人たちが、
法を犯したということで罰せられることはないのではないでしょうか。

その動機は善であるかもしれませんが、原則は変わりません。
相手を傷つけることを知りながら、故意に苦痛をあたえる者は、
その責任を意識していることになります。確かに動機は善であるとしても、
苦痛を与えていることになるのです。これらのすべてが考えられねばなりません。
私としては、相手に苦痛を与える行為に同意することは出来ません。

●動機が善であれば、生体解剖も許されることがあるとお考えですか。

いいえ。そのような残酷なことがどうして善でありうるでしょうか。
相手を苦しめ、肉体を切り刻むことが、正しいはずはありません。
それは私達の教えのすべてに反することです。
抵抗できないものを実験台にするのは間違いです。

●ガンの治療法は、動物実験では見つけられないとお考えですか。

あなた方の病気のすべては、やがて治療法が発見されることになるでしょう。
しかし、それは、動物実験によってではありません。


武本昌三先生訳





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