なぜにそこまで。。。

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RSPCA 設立 その4

ええ、まだまだ続くんですよ。
設立当初の苦労、そして決してあきらめなかった人たちを、紹介せずして先に進めません。

驚くべき人物アーサー

アーサーの決意は岩のように固かったに違いない。これは彼の2度目の挑戦だった。
動物保護法が国会を通過する2年前から、人々の意識を喚起することと、
資金集めにに奔走していたのだ。

そうしてようやく1824年SPCA(当時はまだRoyalはついていなかった)
設立にこぎつけたのである。

アーサーはそれ以降一日たりとも無駄にせず、4日後に開かれた会議で、
メリルボーン地区長のサポートを得たことと、
匿名の人から50ポンドの寄付を受け取ったことを
嬉しそうに発表するのであった。

SPCAは、有志の懸命の努と熱情で運営されたが、
1826年資金がとうとう底をついてしまい、存続があやぶまれるようになった。

アーサーは本来の自分の仕事を辞職し、100%自分の時間を協会に 
捧げただけでなく、個人の財産も全部協会につぎ込んだのであった。

1826年1月、協会は300ポンドの赤字を抱え込むようになる。

当時の有名な作家であるアン・ラディクリフも100ポンドの寄付したが、
リージェント・ストリートにあった事務所は閉鎖され、
次回からのミーティングはコーヒーショップで行わねばならなかった。

悪いことは続き、アーサーは協会の借金のため
1826年1月に刑務所に入れらるのである。
友人らがい急いでお金をかき集め、アーサーを刑務所から出したのだが。。。

最終的に協会はアーサー個人から借りていた金を
10ポンドだけしか返すことができず
残りの70ポンドは彼のふところに戻ることはなかった。

ミシガン大学法学部アニマル法律歴史センターサイトより抜粋

アーサーが生きていたら「なぜそこまで?」とマイクをつきつけてインタビューしたくなります。
でもこういった設立者たちの志を受け継ぎ、RSPCAはそれ以降そして今日に至るまで
その精神を死守すべく日夜がんばっています。


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ノーマンテイラー邦子

Author:ノーマンテイラー邦子
ロンドン在住/通訳・翻訳業
保護猫延べ6匹、保護犬一匹、庭にキツネ3匹ほど
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