私に何の関係があるというのだ 

What's That Got To Do With Me? イギリスの動物福祉

パンデミックの中で犬を喪う

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ニューヨーク在住Deborah Copaken さんの記事の抜粋です


犬を「安楽死させる」というのが正しい言い方なのはわかっているが、
まるで殺人を企てるために殺し屋を呼んでいるような気がしてならない。

5日前、私はウィリアムズバーグ動物病院の外に立ち、
携帯で獣医とルーカスの安楽死の詳細を話し合っていた。
最近は人間とウイルスは 獣医の診察室に入れないようになっている。

「せめてお別れの時に中に入って 抱っこしてもいいですか?」 と尋ねた。

「いいえ」と獣医は言った。

「スタッフを感染させる危険があるのでビデオ・チャットでお願いします」

ルーカスは衰弱し、視力、歯、そして生きるエネルギーを失っていた。
中国の保健当局が、なぜこれほど多くの市民が
致命的な肺炎で倒れているのかを解明しようとしていた時だ。
私は獣医に、彼が失禁して、自分の尿の水たまりで
目が覚めるようになったと説明した。
いつもは優しい犬だったが、散歩に連れて行こうとすると、うなり声を上げて
皮膚が破れるほどの勢いで、私たちの手に噛み付いてくる。
13年近く散歩が大好きだったルーカスは、散歩をしなくなった。

当日、息子と一緒にルーカスを 獣医に連れて行った。
歩道と診察室の間の前庭のコンクリートの床に座り、
受付に電話し、来院を告げた。

私はすすり泣きながら自分に言った。
「しっかりしろ、自分。ニューヨーク市だけでも
1万人以上の人間が コロナで死亡し、
日に日に多くの人たちが感染しているのだ。
犬のことで泣くのは見苦しい」

コロナ禍における喪失の形は様々である。
日常、予定の喪失 ハグやディナー・パーティー、
マスクのない笑顔や賑やかな歩道の喪失。
ピザ屋で見知らぬ人と一緒に座って
一切れを楽しむことの喪失。
給料の喪失。健康管理の喪失。睡眠の喪失。
冠婚葬祭、卒業式、家族の休暇の喪失。

息子と私は、春休みにハリー・ポッターを見に
ロンドンに旅行に行くことになっていた。
飛行機のチケットを買うために、仕事を掛け持ちし、
貯金してきたが、 今、お金も息子との特別な時間も失ってしまった。

多くの友人、そして友人の両親たちの死に泣いた。
アンドリュー・クオモ知事のブリーフィングを見て泣き
長男の仕事が無くなって泣いた。
下の息子の中学卒業を逃して泣いたこともある。
ニューヨークの通りが空になっているのを見て、
そしてコロナによる肺への損傷の映像をテレビを見て泣いた。

今、私は愛犬のことで泣いている。
子犬の頃、父が死にかけている時、
私の涙を舐めてくれた犬。私を笑わせてくれた犬。

「準備はいいですか?」 受付の人が手袋、ゴーグル、
防護衣、マスクをして前庭に入ってきた。
最後にもう一度ルーカスを抱きしめ、
声にならない叫び声をあげて彼を渡した。

「もうリードは必要ありません」と受付の人が言った。

私は彼のリードを外した。

「首輪も」

首輪を外した時、銀の名札の名前を見て またこみ上げてきた。

空の首輪とリードを手にぎゅっと握りしめ、
私と息子はお互いの肩を抱き合い、
冷たい4月の風の中で家に向かって歩き始めた。

ルーカスとはコロナ禍での別れで
仕方のないことだったと思うことにする。
ルーカスが息を引き取る時に
そばにいて抱きしめることができなかった自分を責めるのをやめる。
人がたくさん亡くなっているのに
犬を喪ったことを嘆いている罪悪感を感じるのはやめる。

生きていくことは、喪うことだ。
愛、時間、人、そして最後には自分自身。
生まれた瞬間から私たちは墓の中に片足を突っ込んでいる。
誰もがそのことを知っている。
切り立った崖から落ちる前に、私たちは食べるものや住む場所、
そして生きる意味を求めながら、毛皮の有る無しに関わらず、
愛した者たちの思い出をしっかりと握りしめ、
頬に涙を伝わせながら、風の中を進んでいくしかない。

On Top of Everything Else, My Dog Died