用意周到な戦略 - がたがた細かく騒がない

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私達は動物を苦しみから解放するために、
みんなで力を合わせて推進したいのではないだろうか。
ところが舵の取り間違いで往々にして
仲間になるべく人たちを追い散らかしてしまう事がある。

ビーガンの人たちの中には自分たちが純粋な存在であるかのようにふるまい、
ビーガンを教義としてしまいがちな人がいる。

忘れてはいけない。
ビーガン主義は最終目的ではない。
動物への残虐行為を終焉させる一つの手段である。

動物が必要なのは声をあげてくれる人だ。
できるだけ効果的に影響力を持った声だ。
ビーガンは、自己陶酔のトレンディな食生活術ではない。
動物を助けるためのものでなくてはならない。

一人がビーガンになると年間100匹の動物の命が助かる。
あなたの知人がビーガンになるとその2倍の動物が助かる。

なのになぜみんな簡単にビーガンにならないのだろうか。
まず、生活するうえで不便だと思っている人が多い。
またチーズやアイスクリームなどをやめるのは難しいと尻込みする人も多い。

そういう人たちにたとえば、チーズやアイスクリームをのぞいて、
動物を使った製品をやめてみてはどうかと励ませばよいのに、
牛がどれだけ大変な目にあっているか滔々と解く。

せっかくビーガン・ハンバーグを選んで食べている人に
それをはさんでいるバンにどれだけバターが入っているかをうんぬんする。

パンの中の少量のバターにストイックなまでの執着をみせていると、
動物の苦しみという焦点がぼけてくるし、何の変化ももたらすことはない。
これは私たちのゴールではない。

いつもいつもいつも念頭に置いて欲しい

ビーガンは教義ではない。
ビーガンは動物の苦しみを終焉させるものである。
ビーガンは食材料のリストを挙げたり、食べ方のルールではない。
ビーガンは動物を助けるために私たちができるベストなことである。

たとえば、あなたが肉を食べる人たちとレストランに行ったとする。
その時パンの中に何が入っているかわからないとか、
ウェイターに素材をこと細かに聞いたり、
焼き方を指示したりするのは
ビーガンのエッセンスからはずれた行為である。

テーブルに座っているほかの友人たちは、
もしかしてビーガンに興味があるかもしれない。
その人たちがあなたの注文の仕方や材料の執拗な吟味をみてたときに、
ビーガンというのはややこしそうだ、むずかしそうだと思うに違いにない。
試そうという気もちも失せてしまうかだろう。

もし自分の口に入るものがそんなに気になるのなら、
事前にレストランに電話して、アレンジを済ませておけばよい。
会社のパーティなどで、
食べるものがわからなければ、持参すればいいのだ。

とにかくがたがた細かく騒がない。
動物の苦しみを憂慮していることが
神経質で執着心に取りつかれたナルシストという印象を与えないで欲しい。
動物たちのために。


PERSONAL PURITY VS. EFFECTIVE ADVOCACY - PETA


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プロフィール

ノーマンテイラー邦子

Author:ノーマンテイラー邦子
ロンドン在住/通訳・翻訳業
保護猫延べ6匹、保護犬一匹、庭にキツネ3匹ほど
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