私に何の関係があるというのだ 

What's That Got To Do With Me? イギリスの動物福祉

バスターが死んだんだぞ

Picture 167 (375x500)

St John's Wood London

ハッタスリー卿はイギリス政界の要人かつ重鎮で、
すぐれたジャーナリストでもありました。
15年連れ添った雑種のバスターをなくしたときは
「人生最悪の日」だったそうです。
彼がデイリーメールに寄稿した記事は胸をうちます。

犬が死ぬということはおそらく日常のささいなことであろうに、
私はその大きな喪失感に耐えられず、身の置き場がなくなってしまう。

私の元へ全速力で駆けてくるときの首輪のタグのちりんちりんという音。
風呂に入れた後の濡れた犬の匂い。
30秒で食べる朝ごはんのボウルのかちゃかちゃいう音。
私のシャワーが少し長くなったとき、突然ぬっと入ってくる姿。
タオルをとろうと手をのばし、
思いがけず彼の顔に水滴がかかった時の恨みがましい顔。
雨そぶるピーク・ディストリクトへ彼に催促され出かけた時のひどい寒さ。
彼のいびきで夜中に眼が覚めたり、
出かける時のハーネスの装着が複雑で面倒くさかったこと!

しかし叶うことなら
私はまたもとのあの不便な生活に戻りたくてしょうがない。

ロンドンからダービーシャーに戻る車の中で眠っていたはずなのに
なじみの村の角っこを曲がると突然起きて歓喜の声をあげる。
家に戻って一部屋一部屋臭いをかいだあと、
階段の踊り場で窓の外で行く人々を眺める。

バスターと階段に座ってよくやるゲームがあった。
ビスケットを一方の手に隠し、バスターの前に差し出す。
バスターは手でそっと入っているほうの私の手を叩くのである。
それはそれは優しい叩き方であった。
ゲームはいつもバスターの勝利に終わるのであった。
こんな小さな思い出がとても辛く胸を刺す。

誰にとっても自分の犬は特別である。
なので私は書かずにはいられないことだけ書留めよう。

ラップ・トップのコードにからまるバスターを見ない朝はなかった。
暖炉の薪の匂いをひとつひとつチェックしていく
バスターの手伝いなしでは冬が始まらなかった。
玄関にスーツ・ケースを見つけると、その間に座りこんだ。
まるでまだらのスーツ・ケースがひとつ加わったように。
もちろん、彼も一緒に行くつもりであることを明確に知らせるためである。

客がバスターの席(だと彼がみなしている席)に座ると、
客の横に体をぴったり密着させ座っていた。
猫やウサギや家畜とはうまくいかなかったが、人間は大好きであった。
私の本の出版のときは
読者のおばあちゃんがおやつをもってきてくれるのを楽しみにしていた。
決してノーと言ったことはなかった。
講演のときは拍手のときだけ一緒に吠える。

この10週間私は考え続けていた。私が彼の奴隷だったことはさておき、
私と彼をつないでいたものは何であったのだろう。

私は彼が自分の心の支えであることを楽しんでいた。
そして彼も私のことを心の支えだと
みじんも疑っていなかったその気持ちを賞賛する。

彼は「希望」を放射していたのだ。

毎朝食料ドアを開けると後ろに必ずバスターが立っていた。
何かもらえると期待して。

バスターのことを先天的楽天家と呼んでいたが、
彼のことを毛皮を着た人間だという風にみなしたことはなかった。
彼は犬である。

人間のテーブルで物を与えたことはない。犬専用のベッドで寝かせた。
犬として扱うことが彼に対する敬意である。
バスターが犬であってくれることで十分である。
それ以上彼に望むことはない。

15年間彼の成長を見てきた。賢くなるのを見てきた。
年老いていくのを見てきた。
獣医は彼は天寿を全うするだろうと予測した。
これ以上疲れて続けられなくなったときが逝くときだと。

「そのときは彼はあなたに教えるよ。」と獣医は言った。

そしてその通りになった。

短くなった毎朝の散歩でさえもきつそうだった。
朝ごはんもゆっくり食べると決めてしまったようだ。
そして一旦横になるともう起き上がるつもりはなかった。

最後の決断はバスターにとって一番良い方法に
基づくものでなければならないが、
私の安楽死の選択をひきのばしたいという気持ちとの戦いであった。

ある朝 私は一瞬の苦悶のときを過ごした後、獣医に電話をかけた。
獣医はすぐやってきた。

バスターはブルーチーズのかけらを食べながら死んだ。
普段は食べることを許されなかった、
錠剤を包むときだけ口に入れられた大好物だったブルーチーズ。

私の悲しみだけが特別だというつもりはない。
どれだけ多くの家族が落胆と絶望に陥っているだろうか。

ただ事実をここに述べさせて欲しい。

人生の中でバスターが逝ってしまったことほど痛みを感じたことはなかった。

そして人前で我も忘れて泣いて取り乱したこともなかった。

一階の私の仕事部屋の窓から
人々が日々の生活を送っているのをながめているとき、
驚きとともに怒りを覚える。
なぜそうやって普通どおりの生活を送っているように振舞っているんだ。
時計を止めろ。
バスターが死んだんだぞ。

犬を過小評価するなかれ。彼は永遠に続く財産を残してくれた。
彼が与えてくれた喜びの思い出である。

バスターにお手やおすわり、ごろり、握手、
死んだまねなど教えるつもりはなかったし、
彼も新聞をくわえてもってくるようなまねもしなかった。

しかし、彼は ―たいしたことではなかったのかもしれないが、

私の人生を変えた。

バスターは私の人生は犬なしでは考えられないことを教えてくれた。

またレスキューセンターへ行って雑種の犬を家に連れてかえることは
バスターへの裏切りのような気になった時期もあったが、
10週間後また私は探し始めた。
新しい犬はバスターの代わりではない。
誰もバスターの代わりにはなれない。
彼の後継者はまったく別の犬である。

ただしその犬はバスターが輝きをもって示してくれた
「犬を所有することの至上の喜び」を再び証明してくれるであろう


Buster


卿の当記事の原稿料はブルークロスアニマルトラストに全額寄付されました。

How I miss my beloved dog Buster
ノーマンテイラー訳







インカはもういないけれど

「インカのご飯ボウルはまだキッチンにあります。
彼女が長い距離を歩かなくてすむよう家のあちこちに置いていたベッドも」

とベン・フォーグル氏。

「インカ自身はもういないけれど」

愛犬のラブラドールを失くしたサンデー・テレグラフのコラムニストは、
ボウルとベッドを片付けるのに時間を要した喪失感を寄稿した。

「ボウルやベッドは 純粋で忠実で幸福を運んでくれた黒い犬を
思い出させてくれるものなのです」

「もう二度と立ち直ることはできないと思っていました。
世界にはもっとひどいことがたくさんあるのは知っています。
愚かだ思いますが、自分の正直な気持ちです」

彼の記事にはたくさんの人が共鳴し、500通以上の手紙がきた。

「多くの人が記事を読んだよと声をかけてくれました。
ロンドンの屈強なタクシー・ドライバーが
目に涙をためて自分の犬の話をするんです。
私たちは本当に動物の好きな国民だと実感しましたね」

人間と動物の絆、そしてペットが死んだときの人間の嘆き。
人ではなく、動物になぜそこまで心を打たれるのだろうか。

獣医師、ブルース・フォーグル、冒頭のベン・フォーグルの父は語る。

「犬は完璧に無垢な心を持つ。自分の感情を隠さない。決して嘘はつかない。
だから我々の悲しみはコントロールできない激しいものになります。
親を亡くしたときより悲しいと思っていても 罪の意識を感じることはありません」

42年の経験をもつ獣医は続ける。

「息子の犬、インカをキッチンで安楽死させたのは私です。
ほんの数秒のことでした。息が重くなり軽くなりそして止まった。
私は居間へ行き、娘の肩にもたれて号泣しました」


labrador-gb16ce9fdd_640.jpg


2014年、動物関係施設の寄付の足しにと
過去ブログをまとめたペットロス関係の電子書籍を販売させていただきました。
応援してくださった皆様、本当に本当にありがとうございます。感謝の気持ちでいっぱいです。
2022年12月販売を引き上げました。
過去のブログでもご覧になれますが、カテゴリを改めて少しずつ載せていきたいと思っています。

メリークリスマス


動物保護に関わった皆さんと
保護された動物たちすべてにメリークリスマス🎄

多くの犠牲を払い、救出し、
幸せにしてくれてありがとう
悲しい時に一緒にいてくれてありがとう
何より、決してあきらめずにいてくれて
本当に本当にありがとう

FHMr_QXWUAAy39B.jpeg




マーマレード色の猫を絶やしてはならない

country-house-gae27dfd86_640.jpg

鶏が好きだ。豚が好きだ。馬が好きだ。犬が好きだ。黒スワンが好きだ。牛が好きだ。
猫が好きだ。羊が好きだ。キツネが好きだ。

でもマーマレード柄の猫が一番好きだった。

英国の政治家、ウインストン・チャーチルは動物好きで有名な政治家です。
第二次大戦時、ヨーロッパに置き去りにした英国の馬数千頭を
本国に呼びもどした逸話は以前のブログで ↓

チャーチルの使命

ロンドンから電車で30分、チャーチルの邸宅、チャートウエルハウスがあります。
1992年に購入し、晩年まですごした広大で美しい邸宅には多くの動物が住んでいましたが、
そのなかで彼の一番のお気に入りはマーマレード柄の猫ジョックでした。

誕生日に彼の秘書から猫をもらい、その秘書の名前がサー・ジョン・ジョック・コルヴィーユだったので、
彼の名前を取ってジョックと名付けられたそうです。
ジョックと食卓を共に楽しみにしていたチャーチルのため、
召使いはしばし、ジョックを探しに行かなければなりませんでした。

チャーチルの死後、家族が1966年、
ナショナル・トラストに家を寄贈するときに提示した条件があります。

その条件とは

「マーマレード柄で、白い胸エプロンをまとい、4本脚とも白いソックスを履く.ジョックという
名前の猫を永代に渡り住まわせること」でありました

U0P4INC14PH5N4ITGN7B (1)


ナショナル・トラストはこの条件を名誉をもって受け、
以降、マーマレード柄の猫を絶やすことはありませんでした。
そして2020年に一番新しい住人、6か月のレスキュー仔猫、ジョック7世が
バトンを受けとったことが発表されました。

ナショナル・トラスト、チャートウエル邸のマネージャーのビクトリア・オーステンさん

「ジョック7世は、多頭飼いの悲惨な状況から他の30匹の猫たちと一緒に
RSPCAによって保護されました。猫たちは栄養失調で弱っていましたが、
幸いにも健康を取り戻しました。ジョックはその中でも一番エネルギーにあふれていたので、
新しい役割に ピッタリだと思いました。

先代のジョック6世は目がほとんど見えなくなり、
広大なチャートウエル邸での生活が難しくなりましたので、
6年間のサービスを務めた後、引退させることにしました。
今は近くの村に住むチャートウエルの職員の家で幸せに暮らしています

ジョック7世の幼少期は辛いスタートでしたが、
今は私達の愛溢れる家で幸せに暮らしています。
すでに友達もできて80エーカーの敷地を探索したり、日向ぼっこをしたり、
蝶々を追いかけたりして、チャートウエル邸に来る人達を楽しませています。

職員たちにも慣れてきましたよ。いたずらっ子です。
庭師が何をしているか興味を持ち、おやつを貰おうとあれこれ画策しています。
一日の終わりにはソファで皆から撫でてもらうのが好きです。
最近は訪問客を木陰に潜んで、近づいてきたときに突然ジャンプして驚かせることです」

5ERF3P6PJ4QSQ46B59FQ.jpg

ORIGINAL ARTICLE ↓
KENT ON LINE .
PHOTOS Liam Austen (National Trust)

生きているウミガメたち どこかへ行きな クジラもうこなくていい イルカどっかへ遠くへいきな