私に何の関係があるというのだ 

What's That Got To Do With Me? イギリスの動物福祉

生きているウミガメたち どこかへ行きな クジラもうこなくていい イルカどっかへ遠くへいきな

ウクライナの人達の動物を守るための努力は、 同じ思いの世界中の人とつながる

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「人間はすぐに人間らしさを失うが、猫は決して猫でいることをやめない」と
ジョン・グレイは著書『猫の哲学』の中で述べている。
この言葉の前半は、ウラジーミル・プーチンのウクライナ侵攻によって証明されつつあり、
ロシアの戦争犯罪の容疑者リストが増え続けている。
しかし、この戦争は、人間性の偉大な行為も明らかにしている。
特に、ウクライナのペットの飼い主たちが、
人間以外の仲間を守るために行っている努力は、その典型である。


この数週間、避難民の多くが、余分なスーツケースを利用して猫や犬を安全な場所に運んだ。
このような利他主義の小さな偉業が、紛争の決定的なイメージになりつつある。
避難民にしがみつく無数の難民猫や犬の写真が出回るようになった。
特に印象的だったのは、ある家族が交代で、年老いた大きなジャーマンシェパードを
ポーランド国境までの最後の17キロを担いで歩いた例だ。

国境を越えた先(隣国の都市内も含む)で待っているのは、
ボランティアの獣医とチャリティーのスタッフたちだ。
NGOのFour Pawsは、「私たちの獣医師は、駆虫、マイクロチップ、狂犬病の予防接種だけでなく、
無料の応急処置を行っています」とツイートで拡散している。
ウクライナ人の中には、動物を置いて国外に出ることを拒否する人もいれば、
ウクライナ国外に一緒に避難できないことを恐れて、
国境で保護施設に動物を引き渡す人もいる。

一方、包囲されたウクライナ国内では、残された動物たちが
外部チームによって安全な場所へ移動し保護されている。
PETA、Viva! ポーランド、White Pawの協力により、
先週は420匹以上の犬や猫が救出された。
砲撃の激しいハリコフでは、市の動物救助センターの職員が残って、
フェイスブックに殺到する置き去りや迷子のペットに関する問い合わせに対応している。
負傷した犬をマスコットにして、ウクライナ軍が使用したトルコ製ドローンにちなんで
「ベイラクター」と名付けたほどだ。

また、戦火にさらされたウクライナで救急医療を受けているのは、ペットだけではない。
キエフ動物園では、近くの爆弾が地響きを立てる中、
生まれたばかりの小さなキツネザルに「バイラクター」という名前が付けられた。
軍事兵器の名前を生き物につけることに複雑な思いを抱く人は多いだろうが、
戦時中の動物支援は国民全体への連帯を示す方法であり、
ウクライナ南部のミコライフ動物園のオンラインチケットはすでに来週の分が完売しているという。

人類の動物に対する扱いに、ウクライナのペットを守るための努力は、
世界中の人と動物のつながりを守る必要性を思い起こさせるものである。

”逃亡を余儀なくされた人々にとって、ペットは重要な慰めの源となり得る "と、
2019年にノルウェー難民評議会は書き、最も困難な状況でもストレスを減らし、
孤独を緩和する能力があることを指摘した。

ウクライナ人がペットを手元に置いておけるようにすることは、
今後、計り知れない形で利益を得ることになりそうだ。
彼らの人間性を守り、私たち自身の人間性も守ることができるのである。



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The New Statesman
India Bourke
上記の記事を翻訳ツールで翻訳し、修正、部分削除しました




本屋のお嬢さん

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Notting Hill Gate


2018年に天国へ逝った3本足の犬、本屋のお嬢さんことシュガーを記念して、
ロンドンのウェストハムステッドに青いプレートが設置されました。
シュガーは、飼い主のジョン・ヘンダーソン氏と一緒に、路上で10年間暮らした保護犬です。

ロンドンの街中には、イングリッシュ・ヘリテージが設置した、文学者、政治家、科学者などの
偉人を記念した青いプレートがたくさんあります。

「シュガー・ザ・ブック・ガール」へのオマージュは、
審査員によって選ばれたものではなく、ヘンダーソン氏の友人である地元住民が
自らの意思で作成したものです


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記念碑にはこう記されています。

"シュガー。 驚くべき三本足のスタッフォードシャー・ブル・テリア、ウェストハムステッドの魂、
ブックガール、父親のジョンと一緒にここに住んでいた”


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飼い主のジョンはシュガーの遺灰をずっと古本屋台に置いています。
「シュガーはまだ毎日僕と一緒にいるよ。離れることはできないね。
シュガーは僕の親友で、僕はシュガーの親友だ。何をするにも一緒だった」

ジョンは路上生活者です。

「周りにはたくさんの人がいて、みんな僕のことを知っているから、
ここにいる方が安全だと思う。多くの人が僕のことを気にかけてくれる。
立派な身なりの紳士も、ビジネスマンも、座って僕に目線を合わせて話してくれるんだ」

シュガーの死を悼む会に参加したナターシャ・バックさんはこう話してくれました。

「このプレートを見ると、二人がいかに地域で人気があったかわかります。
きっとみんなの心の灯になっていたのでしょう。
ジョンと美しい3本足の犬は、何をするにもどんな時でも一緒でしたよ。
ジョンはいつも優しい挨拶でみんなを笑顔にしてくれます。コミュニティの素敵な一員です」

しかしそのジョンもシュガーの後を追うように一年もたたないうちに49歳で亡くなりました。
下の写真は古本の屋台があった場所に手向けられた花束

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参考記事と写真
Camden New Journal


しばらくぶりに友人と会ってお茶をしたウエストハムステッドで
このブルー・プラークを見つけたとき、なにゆえBook Girl ?とストーリーを調べてみました。
シュガーはジョン父さん経営の路上古本屋台の看板娘だったのですね。可愛いなあ。
お父さんは道行く人に時々お金をくださいと言っていたそうなので、
本は売れていなかったのだろうと察します。

で、お茶をした友人ですが、ロックダウンでみんなが現金を持ち歩くことがなくなり、
ホームレスの人がとても困っていると聞いたので、出かけるときは必ず現金をもっていくと。
ビッグ・イシューも本はもらわないけれど(コロナなので)、少額でも少し渡していると言っていました。
現金は絶対触らないようにしていた自分が恥ずかしかった。心を入れ替えます。



バスターが死んだんだぞ

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St John's Wood London

ハッタスリー卿はイギリス政界の要人かつ重鎮で、
すぐれたジャーナリストでもありました。
15年連れ添った雑種のバスターをなくしたときは
「人生最悪の日」だったそうです。
彼がデイリーメールに寄稿した記事は胸をうちます。

犬が死ぬということはおそらく日常のささいなことであろうに、
私はその大きな喪失感に耐えられず、身の置き場がなくなってしまう。

私の元へ全速力で駆けてくるときの首輪のタグのちりんちりんという音。
風呂に入れた後の濡れた犬の匂い。
30秒で食べる朝ごはんのボウルのかちゃかちゃいう音。
私のシャワーが少し長くなったとき、突然ぬっと入ってくる姿。
タオルをとろうと手をのばし、
思いがけず彼の顔に水滴がかかった時の恨みがましい顔。
雨そぶるピーク・ディストリクトへ彼に催促され出かけた時のひどい寒さ。
彼のいびきで夜中に眼が覚めたり、
出かける時のハーネスの装着が複雑で面倒くさかったこと!

しかし叶うことなら
私はまたもとのあの不便な生活に戻りたくてしょうがない。

ロンドンからダービーシャーに戻る車の中で眠っていたはずなのに
なじみの村の角っこを曲がると突然起きて歓喜の声をあげる。
家に戻って一部屋一部屋臭いをかいだあと、
階段の踊り場で窓の外で行く人々を眺める。

バスターと階段に座ってよくやるゲームがあった。
ビスケットを一方の手に隠し、バスターの前に差し出す。
バスターは手でそっと入っているほうの私の手を叩くのである。
それはそれは優しい叩き方であった。
ゲームはいつもバスターの勝利に終わるのであった。
こんな小さな思い出がとても辛く胸を刺す。

誰にとっても自分の犬は特別である。
なので私は書かずにはいられないことだけ書留めよう。

ラップ・トップのコードにからまるバスターを見ない朝はなかった。
暖炉の薪の匂いをひとつひとつチェックしていく
バスターの手伝いなしでは冬が始まらなかった。
玄関にスーツ・ケースを見つけると、その間に座りこんだ。
まるでまだらのスーツ・ケースがひとつ加わったように。
もちろん、彼も一緒に行くつもりであることを明確に知らせるためである。

客がバスターの席(だと彼がみなしている席)に座ると、
客の横に体をぴったり密着させ座っていた。
猫やウサギや家畜とはうまくいかなかったが、人間は大好きであった。
私の本の出版のときは
読者のおばあちゃんがおやつをもってきてくれるのを楽しみにしていた。
決してノーと言ったことはなかった。
講演のときは拍手のときだけ一緒に吠える。

この10週間私は考え続けていた。私が彼の奴隷だったことはさておき、
私と彼をつないでいたものは何であったのだろう。

私は彼が自分の心の支えであることを楽しんでいた。
そして彼も私のことを心の支えだと
みじんも疑っていなかったその気持ちを賞賛する。

彼は「希望」を放射していたのだ。

毎朝食料ドアを開けると後ろに必ずバスターが立っていた。
何かもらえると期待して。

バスターのことを先天的楽天家と呼んでいたが、
彼のことを毛皮を着た人間だという風にみなしたことはなかった。
彼は犬である。

人間のテーブルで物を与えたことはない。犬専用のベッドで寝かせた。
犬として扱うことが彼に対する敬意である。
バスターが犬であってくれることで十分である。
それ以上彼に望むことはない。

15年間彼の成長を見てきた。賢くなるのを見てきた。
年老いていくのを見てきた。
獣医は彼は天寿を全うするだろうと予測した。
これ以上疲れて続けられなくなったときが逝くときだと。

「そのときは彼はあなたに教えるよ。」と獣医は言った。

そしてその通りになった。

短くなった毎朝の散歩でさえもきつそうだった。
朝ごはんもゆっくり食べると決めてしまったようだ。
そして一旦横になるともう起き上がるつもりはなかった。

最後の決断はバスターにとって一番良い方法に
基づくものでなければならないが、
私の安楽死の選択をひきのばしたいという気持ちとの戦いであった。

ある朝 私は一瞬の苦悶のときを過ごした後、獣医に電話をかけた。
獣医はすぐやってきた。

バスターはブルーチーズのかけらを食べながら死んだ。
普段は食べることを許されなかった、
錠剤を包むときだけ口に入れられた大好物だったブルーチーズ。

私の悲しみだけが特別だというつもりはない。
どれだけ多くの家族が落胆と絶望に陥っているだろうか。

ただ事実をここに述べさせて欲しい。

人生の中でバスターが逝ってしまったことほど痛みを感じたことはなかった。

そして人前で我も忘れて泣いて取り乱したこともなかった。

一階の私の仕事部屋の窓から
人々が日々の生活を送っているのをながめているとき、
驚きとともに怒りを覚える。
なぜそうやって普通どおりの生活を送っているように振舞っているんだ。
時計を止めろ。
バスターが死んだんだぞ。

犬を過小評価するなかれ。彼は永遠に続く財産を残してくれた。
彼が与えてくれた喜びの思い出である。

バスターにお手やおすわり、ごろり、握手、
死んだまねなど教えるつもりはなかったし、
彼も新聞をくわえてもってくるようなまねもしなかった。

しかし、彼は ―たいしたことではなかったのかもしれないが、

私の人生を変えた。

バスターは私の人生は犬なしでは考えられないことを教えてくれた。

またレスキューセンターへ行って雑種の犬を家に連れてかえることは
バスターへの裏切りのような気になった時期もあったが、
10週間後また私は探し始めた。
新しい犬はバスターの代わりではない。
誰もバスターの代わりにはなれない。
彼の後継者はまったく別の犬である。

ただしその犬はバスターが輝きをもって示してくれた
「犬を所有することの至上の喜び」を再び証明してくれるであろう


Buster


卿の当記事の原稿料はブルークロスアニマルトラストに全額寄付されました。

How I miss my beloved dog Buster
ノーマンテイラー訳







マーマレード色の猫を絶やしてはならない

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鶏が好きだ。豚が好きだ。馬が好きだ。犬が好きだ。黒スワンが好きだ。牛が好きだ。
猫が好きだ。羊が好きだ。キツネが好きだ。

でもマーマレード柄の猫が一番好きだった。

英国の政治家、ウインストン・チャーチルは動物好きで有名な政治家です。
第二次大戦時、ヨーロッパに置き去りにした英国の馬数千頭を
本国に呼びもどした逸話は以前のブログで ↓

チャーチルの使命

ロンドンから電車で30分、チャーチルの邸宅、チャートウエルハウスがあります。
1992年に購入し、晩年まですごした広大で美しい邸宅には多くの動物が住んでいましたが、
そのなかで彼の一番のお気に入りはマーマレード柄の猫ジョックでした。

誕生日に彼の秘書から猫をもらい、その秘書の名前がサー・ジョン・ジョック・コルヴィーユだったので、
彼の名前を取ってジョックと名付けられたそうです。
ジョックと食卓を共に楽しみにしていたチャーチルのため、
召使いはしばし、ジョックを探しに行かなければなりませんでした。

チャーチルの死後、家族が1966年、
ナショナル・トラストに家を寄贈するときに提示した条件があります。

その条件とは

「マーマレード柄で、白い胸エプロンをまとい、4本脚とも白いソックスを履く.ジョックという
名前の猫を永代に渡り住まわせること」でありました

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ナショナル・トラストはこの条件を名誉をもって受け、
以降、マーマレード柄の猫を絶やすことはありませんでした。
そして2020年に一番新しい住人、6か月のレスキュー仔猫、ジョック7世が
バトンを受けとったことが発表されました。

ナショナル・トラスト、チャートウエル邸のマネージャーのビクトリア・オーステンさん

「ジョック7世は、多頭飼いの悲惨な状況から他の30匹の猫たちと一緒に
RSPCAによって保護されました。猫たちは栄養失調で弱っていましたが、
幸いにも健康を取り戻しました。ジョックはその中でも一番エネルギーにあふれていたので、
新しい役割に ピッタリだと思いました。

先代のジョック6世は目がほとんど見えなくなり、
広大なチャートウエル邸での生活が難しくなりましたので、
6年間のサービスを務めた後、引退させることにしました。
今は近くの村に住むチャートウエルの職員の家で幸せに暮らしています

ジョック7世の幼少期は辛いスタートでしたが、
今は私達の愛溢れる家で幸せに暮らしています。
すでに友達もできて80エーカーの敷地を探索したり、日向ぼっこをしたり、
蝶々を追いかけたりして、チャートウエル邸に来る人達を楽しませています。

職員たちにも慣れてきましたよ。いたずらっ子です。
庭師が何をしているか興味を持ち、おやつを貰おうとあれこれ画策しています。
一日の終わりにはソファで皆から撫でてもらうのが好きです。
最近は訪問客を木陰に潜んで、近づいてきたときに突然ジャンプして驚かせることです」

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ORIGINAL ARTICLE ↓
KENT ON LINE .
PHOTOS Liam Austen (National Trust)